大阪IRの試算根拠が滅茶苦茶過ぎて逆に笑えてきた (前編): 消費金額試算編

はじめに

 以前の投稿で大阪IRの計画書の、特にカジノ関係の中身を見ていった。

swatcher-k.hatenablog.com

簡単に要点をまとめると、

  • IR施設への来場者は年間2,000万人、内カジノ施設を訪れるのは1,610万人
  • GGR (客の負け金額の総額)は4,933億円 (府市に入る予定の納付金740億円より計算)
  • カジノを訪れる1,610万人の内、1066万人が日本人 (府市に入る予定の納付金320億円より計算、入場料は6,000円で、国と府市で折半)
  • 一度にゲームが出来る最大の人数は約1.1万人であるが、一日平均の入場者数はその4倍の4.4万人
  • 計画書の数字は事業者のオリックスに言わせれば「仮置き」で、オリックスは客も投資元も全て日本人で行う計画で試算を行っている

(法律により、マカオの圧倒的なGGRを支えてきたジャンケット業者の賭場運営や外国人富裕層への金の貸し出しはできず、海外の外国人向けカジノに比べて夢洲は空港からの立地が比較にならないほど悪いので、外国人富裕層からの稼ぎは期待できない)

 

というわけで、事業者本人が自白している通り、見る価値の無い計画書であることがわかった。

 

ところで先日、衆議院議員の大石あきこ議員が大阪市にカジノ計画の経済効果について大阪市に情報開示請求をしたところ、全部を非公開にするという決定がなされた。

 

 https://twitter.com/oishiakiko/status/1490950694714875911 

 

非公開の理由は要約すれば「事業者の秘密だから」である。前述したように、
オリックス社内の計画は提出された計画書とは全く異なるだろうから、
開示出来ないのだと推察される。

 

しかし流石に全く根拠を開示出来ないのはまずいと感じたのか、
大阪市は2月9日、日本総研が行なった経済波及効果についての算出方法の解説資料をアップロードした

 

大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画(案)
経済波及効果の算定方法及び算定根拠について(解説資料)

 

 

この資料はあくまでも事業者が標榜する数値 (GGR4,933億、IR施設への来場者2,000万人、等)を前提として試算されており、それらに関する根拠は一切示されていない

前提がおかしいと指摘されているのに、それに乗っ取った試算を行っても、意味のある数字が出てくるわけがない。

そもそも経済波及効果の試算を真に受けている人はそんなに多くなないだろう。
公開から1週間以上が経ったが、この試算についての検証は、私の見た限りだと行われていない。

 

ところが、試算の中身を見てみたところ、もはや試算と言えるのか疑わしいほどの
「数字遊び」に、怒りを通り越して笑いが出てきた。

皮肉にも、一生懸命数字を合わせることによって、いかに事業者が標榜する数字に無理があるかが如実に示されたのである。

 

そこで、解説資料にある試算について、その導出の過程と結果を見ていこうと思う。

長くなるので、今回はIR施設来訪者の消費額についてのみ解説し、
経済波及効果については次回に回す。

 

ステップ0: 統計値と旅行者、消費区域の設定

 まず、IR施設来訪する旅行者の消費額について確認する。本試算では、IR来訪者を、
国内旅行者 (日帰り)、国内旅行者 (宿泊)、訪日外国人旅行者、の3つに分けている。

これらの来訪者が消費する単価は、近畿圏 (福井、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山)への旅行者数と、その消費額から計算されている。
(観光庁旅行・観光消費動向調査 2019年1-12月期確報)


なお、国内宿泊客の平均日程数は2日、訪日外国人旅行者は5.18日である。

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表1: 近畿圏における観光客の旅行当たりの消費単価

更に、消費区域を、IR区域内後背圏1 (IR施設に滞在する時間帯以外の消費額)、
後背圏2 (宿泊客がIR施設以外の施設に宿泊する際の朝食代と宿泊費)に分けている。

後背圏の区別がわかりづらいので補足すると、例えば、2泊3日の外国人旅行者が、
1日目をIR施設内で、2~3日目を東京で過ごしたとすると、
2~3日目の消費額は後背圏1に勘定される。

一方で、旅行者が日中をIR施設で過ごし、梅田周辺のホテルに宿泊する場合、
梅田で消費した朝食代や宿泊費は後背圏2に勘定される。

(IR施設内の総客室数は2,500の予定なので、一部屋平均2人で183万人、一部屋平均3人でも274万人までしか年間で宿泊することは出来ない。)

 

ここから、消費金額の試算が始まる。
大きく分けると、各部門それぞれを3ステップで試算している。

 

ステップ1. 滞在時間を設定する

 国内宿泊客の平均日程数は2日、訪日外国人旅行者は5.18日であるが、IR施設で過ごす時間を国内宿泊客が1日訪日外国人旅行者が2.17日と設定している。
なお、この設定の根拠は「事業計画」であるため明らかではない
これにより、IR区域内、及び後背圏2の日数が国内1日、海外2.17日となり、
後背圏1の日数が国内1日、海外3.01日となる

 

日帰り旅行者については、0.4時間をIR区域外 (後背圏1)IR区域内が0.1時間と仮定されている。
これについての根拠は全く示されていない。IR区域内の平均滞在時間が2時間半弱と
恐ろしく短いが、何故こうなるのかは、試算の続きを見ればわかる。

なお、IR区域への交通費は後背圏1に計上される。
その為、日帰り旅行者の後背圏2消費額は0円である。

 

ステップ2. 滞在時間に応じて統計値の平均単価を按分する

 ステップ1で設定した滞在時間で統計値を割って、各部門の単価を求める。
宿泊客の後背圏単価1と、各交通費については、このステップで算出された単価が
そのまま採用される
IR区域内、及び後背圏2については、次のステップ3を行う。

 

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本資料44ページ

日帰り旅行者については、単純に按分するのではなく、娯楽費はIR施設のみで消費されると仮定している
後背圏で飲食してIR区域内で遊ぶと考えれば、この仮定自体は問題ではないのだが、この後ステップ3でどうなるか注目してほしい。

更に、後背圏単価1の飲食費と買物代は按分ではなく据え置かれている
これにより、単価が1,691円増えている。

 

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本資料45ページ

ステップ3: IR施設の特性に合うように数値を調整する

 ここまでは試算と呼べるものになっていたが、ここから数字遊びが始まる。

 

まずIR施設の消費額に、調整率なる値 (算出根拠不明)を掛けて
IR施設の特性を反映させるらしい。

 

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本資料46ページ

ご覧の通り、全体的に数字が激減した。せっかくIR区域でのみ消費されると仮定した日帰り客の娯楽費も約1/40になってしまった。

 

さて、この調整率だが、よく見ると、調整率は項目ごとに大きく異なる。

 

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表2: 本資料46ページより算出した調整率

この調整率を好きな値に設定すれば、いくらでも好きな値を算出することが可能である。

最後に、「観光統計及びIR区域への来訪者数を加味して想定したIR区域内消費額と事業者で想定した売上との整合性を考慮して」設定された倍率を掛けて、最終的なIR内消費額になる。

こちらの値は旅行者の区別によらず、部門ごとの定数になっている。
とはいえ、この数値は「事業者で想定した売上との整合性」を取るための値なので、
算出根拠不明な数字に対して統計データを歪めているという点には変わりない。

 

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表3: 観光統計及びIR区域への来訪者数を加味して想定したIR区域内消費額と事業者で想定した売上との整合性を考慮して設定された倍率

最後に、後背圏2の値を調整して試算ごっこは終了である。

(飲食費は、先の述べたよう朝食代のみを勘定に入れている)

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本資料52ページ

以上をまとめると、次の表のようになる

 

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表4: 旅行者ごとの消費単価、筆者作成

なお、それぞれの旅行者の人数が示されているが、これについても事業者が主張している数字をそのまま使っている

表を見ると、これまで出てきた5部門 (交通、飲食、宿泊、買い物、娯楽)の合計と、消費単価が合わないことに気づく。
本資料には、最終的な消費単価と、5部門それぞれの値は掲載されているが、
この「?」にあたる値については全く言及されていない

 

お分かりかと思うが、この?がカジノでの消費金額である。

 

その証拠として、単価と人数を掛け、客種ごとに足すと、
その合計は4,988億円となり、事業者が主張する納付金額から導かれるGGR4,933億円に近い値となる (もしかしたらMICEの費用も含まれているかもしれないが)。

 

このGGRと客種ごとの客数が最初に決められていて、
それに合うように数字を調整していたのである。

 

結果として、特に日帰り客の消費金額と滞在時間にしわ寄せがいっている。
平均で僅か2.4時間しかIR施設内に滞在せず、カジノ以外への平均消費額は827円という、おおよそ有り得ない試算結果になってしまっている。
一方で、カジノの平均負け額は2万円近くなっている。

 

無論全ての日帰り客がカジノに行くわけではないが、事業者が主張する入場料から計算すると、1,066万人の国内在住者がカジノに入場することになっているので、
仮に国内宿泊客279万人が全員カジノに行くとしても
(カジノに20未満は入れないので、勿論この仮定は非現実的である)、
最低787万人の日帰り旅行者はカジノに行くことになる。

 

よって、この試算によって、事業者の計画通りに事が運んだとすると、

約800万人の日帰り客はカジノだけを目的にIR施設へと足を運び、平均2時間半弱で帰って行くことになる。交通費に平均5,000円くらいかけ、カジノへの入場料6,000円を払うのにも関わらず、だ。
そして平均で2万円負ける為には、2.4時間で平均20万以上のお金を賭ける必要がある。
(ゲームによって控除率が異なるが、数の多い電子ゲームの控除率は10%未満である必要があり、控除率の低いブラックジャックバカラはプレイ方法にもよるが2%以下である。その場合、100~200万程度のお金を平均で賭ける必要がある)

 

そんなことが現実にありうるのだろうか。6,000円払って入場したのである。
普通もう少し長くプレイするか、最初から行かないかのどちらかになるのではないだろうか (このような非現実的な結果になってしまう理由については、次の章で考察する)。

 

また、外国人がIR施設でカジノ以外の娯楽に使う金額は平均で184円となっている。
しかも滞在期間が2.17日の設定なので、一日あたりだと85円である。
カジノ以外のIR区域内の娯楽施設には、外国人はほぼ足を運ばないようだ。

計画書には「魅力増進施設」として三道体験スタジオ、関西ジャパンハウス、関西アート&カルチャーミュージアムなどを設置し、
「日本の魅力の発信ならびに大阪IRへの来訪及び滞在促進を図る」と書いてあるが、
試算によると残念ながら日本の魅力は外国人に伝わらないようだ。

 

さて、消費単価と客数を掛けることによって、部門ごとの消費額を出すことができる。

 

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表5: 本試算によるIR施設内消費額のまとめ

 

事業者はカジノ以外の売上を1,000億円と主張しているが、
この試算によると飲食、宿泊、買い物、娯楽部門だけでもその数字の1.6倍になっている (MICEの会場費などは含まれていない)。これについては次の章で私見を述べる。

 

私見: 何故こうなってしまったか

 日本統研が、カジノのGGR4933億円とIR施設来場者数2,000万人、更にカジノ施設来場者数1,610万人という事業者の出した数字をなんとか捻り出そうと、この試算に苦心したことは間違いないだろう。

IR施設の方が、他の施設よりも消費額が多いという仮定を置いていたが、それならばGGRの分だけ消費金額を増やすこともできただろう。

 

そうしなかったのは、来場者数が非現実的過ぎて、そのまま統計値を適用すると他の部門が過大になってしまうからだろう。
終結果も事業者の主張する数字の1.6倍になってしまっているが、
これでも数字をなんとか抑えようとした跡が見える。

 

例えば外国人の娯楽費を削らないと (単価2,481円減)、トータルで消費額 (売上)が更に156億円上昇してしまうし、日帰り客の買い物単価を4,064円削らないと、
売上が439億円上がってしまう。

日帰り客の滞在時間が極端に少ない原因の一端もここにあるだろう。
ここを長くしてしまうと、2.4時間につき売上が82億円上振れてしまう。
更にいうなら、宿泊客が長い時間カジノに滞在するとなると、日帰り客はこのくらいのペースで回転してもらないとカジノの席が足りなくなってしまう

 

結局、IR施設来場者2,000万人、カジノ来場者1,610万人で、GGR4,933億円、非カジノ部門売上1.000億円という事業者の主張する数字が荒唐無稽なのである。
カジノにはそんな人は入らないし、仮に本当にそれだけの人数が来るなら、
非カジノ部門売上1.000億円というのは少なすぎる


IRの投資額が膨らんでいるので、リターンを大きく見せるためにGGRや来場者数を盛った結果、物理的に不可能なレベルの人数をカジノに押し込まないといけなくなったのである。

 

オリックスが株主説明会で語った言葉が本当であるなら、海外旅行者の数字が激減し、特に買い物代と宿泊費が激減するだろう。

外国人がほとんど居なくなれば、日本人1,000万人にゆっくりと半日かけて平均5万円負けて貰えばGGRの帳尻は合う

しかし、これはカジノに1日2万人を釘付けにして100万円近くを賭けさせるということなので、IR施設は完全に賭場になり、当然経済への波及効果は、無いどころかマイナスである。

 

このIR計画によって、大阪市民と事業者と大阪府市が3方よしになる可能性はゼロであると言っていいだろう。

夢洲の工事費は総額いくらになるか分からない状況の中、
35年+延長30年という途方も無く長い計画を、この程度の、試算とも言えない数字遊びを基にして進めていいものか。もっと真面目に考えないと、今後計画の無理が露呈し、方向転換や下方修正を余儀なくされる時、まず割りを食うのは市民である。

 

次回は経済波及効果の試算について解説していく。今回の試算も酷かったが、経済波及効果の試算はこれ以上である。

何故なら、事業者の数字が全て正しく、経済波及効果の計算に用いる古い統計データが現在にも当てはまると考えても、数字を倍に盛っているからである。

長くなるの、今回は一端ここまでとする。