大阪IRの試算根拠が滅茶苦茶過ぎて逆に笑えてきた (後編): 経済波及効果編
前回は日本総研のIR試算の内、来訪者の消費額について確認した。
日本総研が無理矢理事業者の主張する数字へと試算を込んだ結果、事業者が主張する数字が荒唐無稽であることがわかった。
今回は、経済波及効果の試算を一つ一つ見ていこう。
そもそも、経済波及効果とは
オリンピックなどで経済波及効果という言葉は何度か聞いたことがあるかもしれない。
経済波及効果は、産業連関表という、各産業を分類し、産業間の需要と供給の関係を数値化したデータを用いて算出される。都道府県、地域、全国など、データを取る範囲の異なる産業連関表が作成されている。
経済波及効果の生産誘発額は、直接効果、1次波及効果、2次波及効果の3つから構成される。
直接効果は、その域内の消費の内、域内で生産された物品やサービスの金額の合計である。つまり、各産業の金額に、域内自給率を掛けた値が直接効果の生産誘発額になる。
1次波及効果は、直接効果に必要な産業の需要を生産するのに必要な需要の総額である。
計算時には、直接効果の額を産業連関表内の投入行列係数で行列計算を行い、その結果と産業連関表内の逆行列にかけることによって求まる。
2次波及効果は、直接効果と1次波及効果により労働者の所得が高まり、その所得によって増えた新たな消費への需要を生産するのに必要な需要の総額である。
計算時には、直接効果と1次波及効果から雇用者所得の増加額を計算し、その合計を消費性向と掛けて、民間消費支出増価額を計算し、それに民間消費支出構成比の行列を掛けることによって各産業の民間消費額を計算する。後は、消費額に域内自給率を掛け、それと逆行列を掛けることによって求まる。
また、多くのケースでは生産誘発額と合わせて、労働力誘発量も経済波及効果として計算される。これは、直接効果、1次波及効果、2次波及効果の産業部門ごとの生産誘発額に、労働力係数を掛けることによって計算される。
この労働力係数は、労働者一人当たりの生産性を表しており、上記の係数や行列の内、唯一産業関連表内に記載のない値である。
本資料内の計算のフローチャートを下記に示す。
長々と書いたが、経済波及効果の計算自体はとても簡単である。何故なら、最初に事業の需要額を決め、次に事業の産業別構成比を決定すれば、
後はエクセルに数字を打ち込むだけで自動的に計算結果が出力される。
私が思うこの計算方法の問題点は次の通りである
- 金額と構成比が同じであれば、どんな事業であっても、同様の経済波及効果が算出される
- 入力と計算結果が線形であるため、供給能力の限界やスケールメリット、デメリットは考慮されていない
- 産業関連表にはどれくらい細く産業部類するかによって、同じ地域、同じ年度でも複数種類が存在する。この中でどの産業関連表を用いるかは、計算者が任意に決定できる
- 事業の構成比は計算者が任意に決定できるので、域内自給率の高い産業を優先的にチョイスすることによって、経済波及効果を高く見積もることができる
- 2次波及効果は、労働者の所得が上がらないと効果は無い。現在企業の利益が配当金や内部留保に回る構造があるので、特に2次波及効果の信憑性はかなり低い
更に、今回使われた産業関連表は、平成17年近畿地域産業関連表29部門表であり、15年以上前のデータである。
地方ごとの産業関連表の作成は平成17年を最後に行われていないので、近畿地域のデータとしては最新であるが、如何せん古すぎる。この時点で、経済波及効果の値が信用できないことは分かるだろう。
最も、この試算の問題点はそんな所ではない。もし、この産業関連表が十分に信頼できるとしても、この試算は試算の体を成していない。それを解説していこう。
経済波及効果のまとめ
個別に試算の詳細を見る前に、まずは試算結果のまとめを見てみよう。
本資料では、経済波及効果の最終結果が次のようにまとめられている。
事業準備段階で生産誘発額は約1.5兆円、雇用創出効果は約10万人とされている。
また、開業3年目において、生産誘発額は年間1.1兆円、雇用創出効果は約6万人と見積もられている。
なお、使われたのが近畿地域産業関連表なので、経済波及効果の範囲も近畿圏内のものである。
どちらもとても大きな数字となっているが、当然カラクリがある。では、開業準備のIR建設部門から見ていこう。
1. IR建設
IR建設段階では、8,071億円の最終需要を、建設100%として計算している。なお、事業計画書 には建設段階での初期投資額は消費税抜きで7,871億円とされており、200億円不足しているが、これはMGMとオリックスが負担する分の地下鉄延伸費用200億円を含んでいると考えられる。
先ほども述べたように、需要額と産業部門の割合を決めた時点で、IR建設に伴う経済波及効果は算出できる。つまり、額が同じで、建設100%とするなら、何を建てたとしても全く同じ試算結果となる。
IR施設の建設でも、仮にビルを建てて直ぐに解体しても、あるいは黄金の巨大吉村像を建てたとしても、投資金額が同じであれば同じ値が算出される。
よって、IR建設による経済波及効果1.4兆円という文句は、初期投資額8,000億円の同語反復に過ぎない。
また、雇用創出効果を計算するための労働力係数は、一度算出したら、少なくともその試算中は同じ値になるはずである。
ところが、
この数字が、一回の試算中に変わっている所がある。建設部門の労働力係数は、直接効果計算時は0.0818であるのに対し、1次波及効果、2次波及効果の計算時は0.0826になっている。
なお、0.0826で計算すると、直接効果の雇用創出効果は66,560人になるが、0.0818で計算しても計算結果にある66,006人にはならない (少数第5位を四捨五入していると考えて、0.0818499としても、65,979人となり、少し足りない)。
このことから、雇用創出効果の数字があらかじめ決まっていて、それに合わせて労働力係数が調整されている可能性がある。
2.開業準備等
図5にある通り、最終需要額は1,812億円であり、各産業への配分は対事業所サービス39%、製材・木製品・家具45%、電気機械16%である。
開業までに、従業員の教育を行う必要があり、その数はカジノのディーラーだけでも2,500~3,000人程度と予想される 。
(1日当たり1テーブルにつき最低3人は必要で、シフトを考えるとその倍は必要である。テーブル数が470の予定なので、2600人は最低でも必要になる)
そう考えると雇用創出効果7,885人というのは妥当と言えるが、これも必要な頭数をあらかじめ概算しておき、それに合わせて産業の配分を調整、という順番かもしれない。
3. 開業後: 非MICE
開業後については、4つの部門に分けて計算されている。非MICE、MICE、後背圏 (訪日外国人旅行者)、後背圏 (国内旅行者)である。
各施設の需要算定は、次のようになっている
さて、カジノ施設の需要算定の考え方に、根本的な誤りがあるのがお分かりだろう。
図6にあるゲーミング売上高とは、客の負けた金額の総額である。この金額がいくらであろうとも、それが経済に波及することは絶対にない。
カジノ行為のために必要なトランプやチップなどの需要、人件費分のサービス代は計算に入れるべきだが、後は客が1,000億円負けようが5,000億円負けようが、納付金として国、自治体に入る30%を引いた残りは事業者に入るだけなので、それは何の需要も生まないのだ。
カジノで負けたお金で買えていた物やサービスが買えなくなるので、むしろ経済波及効果にはマイナスに働くだろう。
逆に、コンプ・ポイント費用というのは、客がIR施設内のホテルや飲食店などで使え、その分のサービスや物品が消費されるので、(このコンプこそがIR施設に客を釘付けにする要因なのだが、)この金額は控除するべきではないだろう。
カジノの経済へのマイナス効果を無視するとしても、カジノのGGRを計算に入れるのは間違っている。これによって、最終需要額が膨れ上がるだけでなく、域内自給率の比較的高い対個人サービスの割合が上昇するので、直接効果が更に膨張するのである。
なお、前回紹介した旅行者の消費金額から逆算すると、コンプの費用は約730億円で計算されていることになる。これはGGRの15%であり、海外にあるMGMのカジノの25~33%に比べると、やや低い金額になっている。
本来計上してはいけない金額を計上することで、経済波及効果は水増しすることができる。しかし、そのままでは、雇用創出効果も比例して大きくなってしまうので、直接効果がありえない数字になってしまう。
MICE部門と同じ労働力係数で計算すると、41,633人を直接雇用することになってしまう。この中には、IR施設外でIR施設に必要な物品を生産する人数も含まれているが、カジノのGGRによって膨らんだ対個人サービスだけでも35,678人である。
事業者の雇用予定人数はIR施設全体 (MICE含む)で約1.5万人であるため、倍以上の人数になってしまう。
普通の感覚では、その時点で最初の数字の見直しを行うだろう。
ところが。直接効果の金額は上記のままであるにも関わらず、最終的な計算結果の雇用創出効果は17,595人となっている。
このカラクリはどうなっているのだろうか。
答えは、先ほども行なっていた労働者係数の書き換えである。本試算中、他のどの計算においても対個人サービスの労働者係数は0.14592であるのに対して、非MICE部門の直接効果の労働者係数だけ0.04751に置き換えられている。
本資料では、この労働力係数が都合の良い数字に変わっている事について何の説明もしていない。これでは、結論ありきで数字を恣意的に変えていると言われても仕方がないだろう。
逆にいうなら、この事業者が求めている数字を使って、本来計算に用いるべき最終需要額を逆算することができる。対個人サービスの雇用者11,619人を働者係数0.14592で掛けると、対個人サービスの生産需要額は796億円となり、最終需要額は981億円、非MICE部門の需要総額は2,381億円となる。
この時の生産誘発額は、直接効果で1,383億円、1次波及効果で533億円、2次波及効果321億円、合計で2,337億円である。資料中だと4,889億円であるため、倍以上に水増しされていると言えるだろう。
重ねて強調しておくが、カジノにはマイナスの経済波及効果があるが、今回はそれを考慮に入れていない。参考程度に、対個人サービスの、本資料内の計算 (3,012億円)と雇用者から算出した最終需要 (981億円)を差し引いて計算すると、カジノは客から2,031億円分の消費を、提供したサービス以上に奪っている事になる。これをもとに2次波及効果を計算すると、1,258億円の損失である。カジノで負けた金額 (4,988億円)に加えて、これだけの損失が出るのである (これには、依存症による社会へのリスクは含まれていない)。
波及効果の計算をするなら、マイナス分も考慮に入れて欲しいものだ。
4. 開業後: MICE
さて、MICE部門の試算の検証に入る前に、MICEについては以前ほとんど取り上げていなかったので、現状の大阪IRの規模とイベント件数の見積もりを確認しておこう。
MICE施設
MICEの中核となる展示場は、当初の開業時10万平方メートルから、2万平方メートルへと大幅に縮小されており、これはインテックス大阪の3分の1以下の大きさである。
国内最大の東京国際会議場が全体で約11万平方メートル、南展示場だけでも2万平方メートルなので、この規模で世界的な大規模イベントを呼び込むことの不可能さがわかるだろう。
大阪府市の当初の実施方針は開業時10万平方メートルであったが、2021年3月19日の時点で、段階的な開業を許す変更を行った。
変更された実施方針にある拡大計画は開業15年以内に6万平方メートル以上、事業期間内に10万平方メートル以上であるが、それに続いて、
という文言があるので、恐らく何らかの理由をつけて拡大を断念する事になるだろう。
その傍証に、事業計画書の中で展示場を拡大する計画については一言もない。
各種会議場は、最大6,821人収容可能な最大会議場を筆頭に、大小16室用意する予定で、最大収容人数の合計は13,645人と計画されている。
IR施設にとってのMICEは名目上の目的ではあるが、その売上はカジノに比べれば雀の涙であり、営利を目的とする事業者がわざわざ拡大する理由はない。
加えて、パンデミックにより会議のオンライン化が急速に進んだ事によって、MICE施設の需要減少は避けられない。本音を言えば、事業者はMICE施設など作りたくないだろう。
なお、既存の施設で規模が最も近いのは、パシフィコ横浜であろう。
収容人数がそれぞれ5,002人と1,004人の大小ホール、最大6分割できるアネックスホールを含む27会議室があり、最大収容人数の合計は11,971人である。最大収容人数が少し小さい代わりに、会議室の個数はこちらの方が多い。展示場の面積も同じ2万平方メートルである。
本文の後半で、このパシフィコ横浜との比較も行う。
MICEの件数と来場者数
事業計画では、大阪のMICE開催数はパンデミック前と同等の水準で増加し、大阪IRでは開業3年目には計531件が開催されるとしている。
内観光庁 (JNTO)基準の国際会議 (C)は29件 (平均参加規模750人)、M、Iの485件の内、国際が19件、国内のものが437件である。この値を基に計算すると、MICの合計参加者数は36.3万人である。
また、国際標準化機構 (ISO)基準の展示会 (E)は44件 (平均参加規模8,295人)である。この基準外のイベントが2件予定されており、これらの合計参加者数は38万人である。
以上より、事業計画によるMICEを目的とした来場者数は74.3万人を予定しているといえる。
なお、例によってこれらの数字の根拠はなにも示されていない。一応大阪他施設の件数やその伸び率の推計方法については記載があったが、根拠と言うには余りにも頼りないものばかりだ。
例えば、ミーティングについては、
- 大阪国際会議場における、2018年度の国内会議の開催件数は1,183件であった。開業初年度までは当該件数が続くと想定し、開業初年度における「大阪の他施設」の開催件数は約1,183件と見込んだ。
- 2014年度から2018年度において、大阪国際会議場における国内会議の開催件数は2015年度の1,441件が最大であった。大阪IRの開業後は、大阪国際会議場との連携を強化し、大阪全体でのMICE開催件数を増加させることをめざしており、開業3年目期における「大阪の他施設」の開催件数は2018年の実績である約1,183件から約1,441件まで増加すると見込んだ。なお、開業3年目期は初年度と3年目期の平均値を見込んだ。
とあるが、2019年時点で、パンデミックにより中止された会議を含めて国内会議は1,152件であり、ピークの2015年から右肩下がりに減少している。
会議のオンライン化が今よりも進むであろう開業3年目に、大阪の他施設での会議がピーク時に戻り、さらに437件の国内会議が大阪IRで「追加で」行われるという状態は誰の目から見ても現実的でないだろう。
さらに、コンベンションの開催件数について、
なお、開業3年目期における「大阪の他施設」の開催件数は、2019年度における京都市の国際会議の開催件数383件を超過し、384件程度まで増加するものと想定した
とある。JNTOの統計によると、大阪市の2015年から2019年までの伸び率は確かに+47%であるが、京都市のこの期間の伸び率は+76%と大阪市の伸び率を大幅に上回っている。
さらに言うなら、大阪市は2016年から2017年に伸び率が-29%と純増していない一方、京都は年間40~50件ペースで純増している。
絶対数で考えても、2019年の204件と言う数字は、2015年の京都市の218件にすら及んでいない。
この実績を持つ大阪が、大阪国際会議場やインテックス大阪よりもアクセスの悪い場所に大阪IRを開業したからといって、MICEの件数を計画通りに増やしていけると本気で思っているのだろうか。
ただ、カジノ施設の来場者のように物理的に困難な数字ではないだけ、本試算内の前提となる数字としては残念ながらまだ現実的な値であるといえる。
経済波及効果
それでは、MICE部門の経済波及効果の算出根拠を見ていこう。
最初に言っておくが、本資料中でこの試算が最も支離滅裂である。
まずは日本総研が行った試算方法を確認し、それからその問題点を一つずつ指摘していこう。
日本総研の試算
MICEの経済波及効果の算出のためには、MICE以外のIR施設内の消費 (参加者の宿泊費、食費、おみあげ代等)は省かなければならない (非MICE部門と二重計上してしまうため)。
そこで、本試算では、平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書内の、主催者と出展者の消費金額を基に算出を行っている。
その金額の合計は、この試算だと2,237億円である。
そして産業分野の配分は図8の真ん中の表の通りである。なお、Meeting部門の「対個人サービス90%」は、「対事業者サービス90%」の誤りであると思われる (図8左の金額から)。
結果的に、域内自給率が89.0%と高い対事業者サービスが全体の79%を占め、直接需要額は1,864億円とされている。
これをこれまでと同じように行列計算を行うと、次のようになる。今回は労働力係数の操作は行っていないようである。
まとめると、経済波及効果は直接効果1,864億円、1次波及効果721億円、2次波及効果485億円。
雇用創出効果は直接17,507人、1次波及4,459人、2次波及3,374人である。合計で経済波及効果3,070億円、25,340人である。
これだけ波経済及効果が本当にあるならば、カジノがなくてもIRが成立してもおかしくはない。が、当然そんなことがあり得るはずもなく、例によってこの数字も盛りに盛られた数字である。
経済波及効果を計算する前の需要額の決め方に問題があるのだが、問題点が多すぎる。一つ一つそのおかしさを確認しよう。
来訪者数の整合性
事業計画を元にすると、MICE目的の総来場者数は先に述べたように74.3万人である。ところが、試算の際の来場者数は、(2,450+(753,205)x2+659,916)人で216.9万人と3倍になってしまっている (図8、753,025人を倍にしている理由は後述)。これはどちらが正しいのだろうか。
事業計画が正しいならば、需要額を3倍くらいに見積もってしまっている事になるので、修正しないといけない。試算が正しいのであれば、MICEのイベント数か平均参加人数を3倍にしないとならない。
表向きとはいえ、IRの中核とされているMICEの来場者予測がこんないい加減でいいのだろうか。
平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書内の主催者、出展者単価について
主催者と出展者の単価の算出根拠は、先に述べたように平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書を出典としている。確かに主催者と出展者の単価の記載はあるのだが、これをそのまま本試算に用いることは3つの点で間違っている。
1. 開催規模の違い
まず、この平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書で取り扱っているのはJNTO基準 (またはICCA)の国際会議と、ISO基準の大規模展覧会であり、日本だけの会議などは扱われていない。
以下に展示会の基準を引用する
また、実施規模の観点から 2016年に開催された展示会のうち、利用展示面積3万㎡以上 の展示会を抽出したが(東京ビッグサイト、幕張メッセ、インテックス大阪、ポートメッセ 名古屋の展示会・見本市のみが該当)、その他にも外国人の訪問も多く重要と思われる展示 会や見本市もカバーするため、一部パシフィコ横浜やその他の展示会場で開催されている 展示会・見本市については各地方の運輸局に照会し、調査対象としてふさわしいと考えられる催事を抽出した。
つまり、ここで計算されている単価の多くは大阪IRの展示場よりも規模の大きい会場で行われたものから計算されているので、大阪IRにそのまま応用できるかは疑わしい。
さらに、先に書いたように、計485件のMICの予定の内、平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書内の計算に合致する可能性のある会議は、M、Iが19件、Cが29件である。それ以外の国内会議は、より規模が小さいものが多く、単価は比較的少ないと予想されるので、それら全てを国際会議基準で計算するのは誤りである。
2. M+Cの単価の計算の誤り
図8を見てわかるように、コンベンション単体の単価はなく、M+Cという形で計算を行っている。そして、その単価は、平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書にあるミーティングとコンベンションの単価をそのまま足したものになっている。
この方法だと、ミーティングまたはコンベンションのどちらか一方を目的として、それぞれ753,205人ずつが来訪することになってしまう。
両方を合わせて753,205人であるというなら、単価同士を足す前に母数を揃える必要がある。
図11の通り、この単価は主催者の総消費金額を、総来場者数で割ることによって求まっているが、その母数はミーティングで284,501人、コンベンションで1,862,506人と、5倍以上開きがある。単価を計算するときは、それぞれの消費金額を足したものを、それぞれの総来場者数を足したもので割らなくてはならない。よって、 (この数字を用いることが妥当だとしても)単価は9.39万円で計算しなくてはならない。
母数を揃えて計算するという統計の基本中の基本もできていないのがこの試算である。
日本総研はシンクタンクを名乗る上で、致命的なレベルの間違いであるが、それが事業計画にそのまま採用されているというのは眩暈がしてくる。可能性としては、大阪市、大阪府、オリックス、MGMはチェックをしたがすり抜ける程に統計の知識がないか、チェックすらしていないか、あるいは誤りを認識はしているがそれをそのまま事業計画に載せていいと考えているか、のいずれかしかない。どれであっても、大阪府民にとっては絶望的な話である。
3. 主催者、出展者単価内の二重計上
さらに、仮に平成29年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書の単価がMICE規模の違いなどの観点から十分に適用できるとしても、単価をそのまま使うことはできない。
何故なら、この単価には、宿泊費や交通費など、非MICE部門や後背圏に計上される金額が含まれているからである。
図11の通り、特にミーティングの単価の60~70%は交通費、宿泊費、食費で構成されているので、これらの金額は除外しなければならない。
コンベンションの単価については、調査された平成28年度MICEの経済波及効果算出等事業報告書でのサンプル数が少ないこともあって (主催者の有効解答は30件)、回帰曲線を作成し、主催者の単価を求めている。
よって、この中の交通費、宿泊費、食費がどれくらいかはわからないが、3大都市圏開催のコンベンションの参加者の平均支出 (宿泊費、飲食費、交通費、買い物費、土産費、娯楽・観光費)は医療系で55,017円、それ以外で34,166円であったことを踏まえると、コンベンションの主催者単価 (80,322円)も半分以下になると考えられる。
最終需要額2,237億円は、幾重のもの誤りを重ねて作られた虚構であることがお分かりになっただろうか。
来訪者数を事業計画にある76.3万人とし、二重計上を除外して計算すると、最終需要額は268億円程度となり、この場合の経済波及効果は合計で357億円となった。
MICEの数字は、実に9倍に盛られていたことになる。
これはかなり荒い計算なので、妥当性の確認のため2017年度パシフィコ横浜の経済波及効果の試算を見てみよう。
パシフィコ横浜の経済波及効果試算
まず、2017年度のパシフィコ横浜の総来場者数は試算資料によれば393万人、総催事数は796件である (パシフィコ横浜の年次報告の値よりも少ないが、今回はこれらの数字を用いる)。
大阪IRの想定する催事数よりも催事の多いパシフィコ横浜であるが、この統計では、主催者と出展者の消費金額の合計は約280億円だと見積もられている。
詳細がないのでハッキリとはわからないが、この数字にも宿泊費等が含まれていると考えられる。しかし、この数字からも、大阪IRの最終需要額が2,237億円というのは荒唐無稽であることがわかるだろう。
「総催事数796件」のパシフィコ横浜の、参加者を含めた「全ての消費」から計算された、「日本全国への」経済波及効果の合計が2,310億円である。
「総催事数531件」の大阪IRの、「MICEのみ」の「近畿圏への」経済波及効果がそれの1.3倍の3,070億円になる事など、絶対にあり得ないのだ。
MICE部門まとめ
以上より、MICE部門の試算結果の経済波及効果3,070億円というのは、
- 事業者の想定する催事件数、来訪者が本当に来るとして、
- 自分達で設定したはずの来訪者数を3倍に盛って
- 母数の異なる平均値をそのまま足すという大学生でもやらないような計算間違いをして
- 本来除くべき宿泊費や交通費などを二重に計上して
ようやく捻り出せる数字なのである。パシフィコ横浜の例を考えると、大阪IRのMICE部門の経済波及効果は上手くいったとしても100~200億円程度になるだろう。
そもそも、パンデミック前のパシフィコ横浜全体の売り上げが85億円程度だったことから、MICEという産業事自体の規模がそれほど大きくはないことがわかるのではないだろうか。
後背圏 (国内旅行者・訪日外国人旅行者)
MICE部門が長くなってしまったので、残る後背圏は軽く流そうと思う。
後背圏の計算において、来訪者の条件としては、「宿泊客」かつ「大阪IRがなくても来訪したと思われる人数を除いた分 (純増分)」となっている。純増分は開業3年目で外国人旅行者250万人、国内旅行者121万人である。
例によって純増分は「事業計画において設定した」値であるため、その根拠は示されていない。
それぞれの消費額については、前回の記事にある通りである。
なお、またもや各産業への分配の表に誤りがある。図13の宿泊費の欄を見ると、対個人サービス45%、その他製造工業製品58%と設定したとあるが、パーセンテージの和が100%を超えるという、小学生でもやらないミスをしている。
しかも、恐ろしいことに、その他製造工業製品のパーセンテージを58%にしても55%にしても計算が合わない。ステップ3との整合性を取るためには、その他製造工業製品47.8%である必要がある。同様に、国内旅行者の同じ箇所も間違っていて、正しくはその他製造工業製品44.6%である必要がある。
このようなミスが散見されると、結論の数字を決めてから、産業分配率を調整しているのではないかという疑義を持たれても仕方がないだろう。
間の計算過程は省略するが、最終的な経済波及効果は、以下の通りである。
訪日外国人旅行者
直接効果: 1,834億円、1次波及効果723億円、2次波及効果425億円
雇用創出効果: 直接21,771人、1次波及5,644人、2次波及2,958人
国内旅行者
直接効果: 307億円、1次波及効果120億円、2次波及効果75億円
雇用創出効果: 直接3,676人、1次波及883人、2次波及518人
外国人旅行者の経済波及効果が2,982億円と多く、国内旅行者は502億円と、それよりも遥かに少ないが、合計で3,484億円と、全体の1/3の額を占めている。
最も、頼みの外国人旅行者が今後も増えていくという見通しはまるで立たないし、IR施設が儲かれば儲かるほど、後背圏にはマイナスの経済波及効果が働く。
IRへの来訪者の内、279万人を国内宿泊者、629万人を訪日外国人旅行者としているが、逆説的に言うと、この数と純増分の差である国内宿泊者159万人と訪日外国人旅行者379万人は、IR施設がなくとも大阪を訪れるという意味になり、純増分を上回る人数をIR施設に釘付けにするということになる。なので、この部門の経済波及効果については数字通りにはいかない可能性が極めて高いだろう。
例えば、上記の国内宿泊者159万人と訪日外国人旅行者379万人について、後背圏1の値を用いてIR施設によるマイナス分を計算する。
交通費はいずれの場合でも大阪まで来ているので0円として、海外旅行者の場合はIR施設圏とそれ以外の地域で滞在日数が異なるので、3.01日分の単価を2.17日に直して計算する。すると、海外旅行者に対して合計1,630億円、国内旅行者に対して合計292億円、しめて1,922億円のマイナスの経済波及効果があると推定される。
大阪の成長戦略の一丁目一番地としてIRを本気で掲げたいのであれば、これくらいの負の側面を考えるのは当然ではないのだろうか。このような所からも、事業者や大阪府市ですらIRが掲げる大義名分が本当だとは思っていないことが透けて見える。
結論
日本総研が出した生産誘発額は年間1.1兆円であったが、筆者が調べたところ、
- 非MICE部門は合計で2,300億円程度 (カジノのマイナス経済波及効果は除く)
- MICE部門は約1/10の100~300億円程度
- 後背圏部門は、IR施設に客を奪われることによる効果を差し引いて1,500億程度
なので、試算としては4,000億円程度が妥当であると思われる。
強調しておきたいのが、事業者の嘯く数字が仮に正しいとしても、この程度の経済波及効果しかないということである。
少なくとも1日2.2万人が平均2.4時間のギャンブルの為だけにIR施設に通い、平均2万負け、後背圏の店はIR施設を目的に訪問してくる以上の客をIR施設に取られ、需要が減っていく要素ばかりのMICEへの集客が奇跡的に上手くいってこれである。
業者の物言いを信じたとして、待っている未来に希望が持てないのは私だけだろうか。
オリックスが裏で想定しているように客が全員日本人だとすると、カジノ以外の売り上げの内1,327億円の売り上げが消え、さらに比重がカジノに傾く。IR施設を維持するためには、カジノの売り上げを増やさないとならない。
そうなると現在の法律では外国人旅行者からの高収益は期待できないので、法改正をして抜け穴を作るか、あの手この手を使って日本人をとにかく夢洲に集めるしか手はない。
そこまでして、夢洲にIRを作るべきなのだろうか。
そして、唯一の成長戦略の中身がこんなにいい加減な府市が、今後まともな行政を運営できるのだろうか。
先日国の管理システムであるハーシスへの入力を、外部業者に契約書なしの口頭で委託を行おうとした問題があったが、大阪行政の機能不全は深刻である。
そして、外部委託を管轄する能力もないとなると、いよいよ組織としての存在意義が問われてくる。そして、この滅茶苦茶な事業計画と試算は、民間に任せればいいという維新が振りまく幻想を完膚なきまでに破壊する好例である。既存のルールや枠組みをただ破壊しても、そこに残るのは野蛮と無秩序だけである。
次回投稿では、大阪IRとカジノについて一旦まとめようと思う。