都構想の住民投票」から2年ではない。「大阪市廃止」の住民投票から2年が経った

はじめに

 2年前のこの日、大阪市では同市の今後に大きく関わる住民投票が行われていた。その名は「大阪市を廃止し特別区を設置することについての投票」である。断じて、大阪都構想などの賛否を問う住民投票ではなかった

ところが、世間一般ではこれが「大阪都構想」への賛否を問うものであるとして報じられ、2年たった現在ではそれが最早事実であったかのようにされている。

この投票で問われている内容を規定した特別区設置協定書にも、その根拠となる「大都市地域における特別区の設置に関する法律 (以下特別区設置法)」にも、「都構想」の文字はただのひとつもないにも関わらず、である。

 

 これは本当に恐ろしいことである。そこで、今回は2年前、本当に問われていたことは何だったのか、振り返っていこうと思う。

 

本当に問われたこと

 この住民投票は、その名の示す通り、公示された特別区設置協定書の内容に基づいて、大阪市を廃止して4つの特別区を代わりに設置するか否かを住民に問うたものであり、それ以上でもそれ以下でもない。それは、根拠となる特別区設置法の条文1からも明らかである。

 

(目的)

第一条 この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに特別区道府県の事務の分担並びに税源の配分及び財政の調整に関する意見の申出に係る措置について定めることにより、地域の実情に応じた大都市制度の特例を設けることを目的とする。

(棒線部筆者)

 

 この法律では、対象となる市町村を廃止した上で、そこに特別区を設置する際の調整の方法を定めた法律である。よって、大阪市を廃止にするという事実はこの投票を語る上で最初に出るべき論点である。

 

ところが、松井市長は当時、あろうことか住民投票の争点の根幹である「大阪市を廃止する」という文言を投票用紙に明記することに反対していた。大阪市の廃止ではなく、大阪市役所の廃止とできないか、と市長は反発していたが2、語るに落ちるとはこのことである。

本当に大阪市廃止と特別区設置にデメリットを上回るメリットがあるのなら、それをアピールすれば良いのに、実際には本質を隠蔽し、市民を欺いて可決へと誘導しようとしていたのである。この姿勢は、特別区設置法の第7条に則していないことは言うまでもない。

 

第七条 前条第三項の規定による通知を受けた関係市町村の選挙管理委員会は、基準日から六十日以内に、特別区の設置について選挙人の投票に付さなければならない。

2 関係市町村の長は、前項の規定による投票に際し、選挙人の理解を促進するよう、特別区設置協定書の内容について分かりやすい説明をしなければならない

 (棒線部筆者)

 

大阪市を廃止する利点

 さて、大阪市を廃止して、特別区制度へと移行するメリットは何か。大阪市3によれば、特別区制度が必要な理由は次の通りである。

 

大阪府大阪市は、大阪の成長・発展に向けてそれぞれが取り組んできましたが、かつては、大阪市域内は大阪市大阪市域外は大阪府という役割分担が固定化し、相乗効果が発揮できず、また、連携も不十分だったため、二重行政が発生するなど、大阪の強みを十分に活かしきれていませんでした。現在は、こうした課題の解決に向け、知事・市長が方針を一致させることにより、大阪の成長・発展に向けた取り組みを連携・協力して実施しており、ともに成長戦略などを進めてきた結果、2025大阪・関西万博の開催が決定し、鉄道・高速道路等の都市インフラの事業化が進むなど、大阪を成長させる流れが生まれてきました。

(中略)

このため、大阪府大阪市では、広域行政の司令塔を大阪府に一本化し、スピード感を持って成長戦略を推進するとともに、住民に近い特別区を設置し、よりきめ細やかな住民サービスを提供する特別区制度(いわゆる「大阪都構想」)の実現に向け、取り組んできました。

 

 この文章が今でも大阪市のホームページに記載されていることに寒気を覚える。

知事・市長が方針を一致させることによって、大阪が成長した、とは書いていないところがポイントである。あくまで「成長させる流れ」が生まれたと言っているので、本当は成長していなくても嘘ではない、ということである。

また、二重行政が具体的に何を指し、どのような弊害が出ていたのかも不明である。

 

 大阪市長大阪府知事の両方が維新の会となった2011年末以降、他の政令都市を持つ道府県と比較して大きな成長を遂げていると言えるのだろうか。

下図は、政令指定都市を持つ15道府県と、東京都、全国についての2011年から2019年の実質GDPの成長率である。
これを見れば、政令指定都市道府県による二重行政による経済的停滞や、大阪の特段の成長は見られない。

 

出典: 県民経済計算(平成23年度 - 令和元年度)(2008SNA、平成27年基準計数)<47都道府県、4政令指定都市分>、2. 県内総生産(生産側、実質:連鎖方式)4

(なお、宮城県は2011年の東日本大震災の影響により2011年-2012年の成長率が高くなっている。2012年から2019年の成長率は8.9%)

所得水準や教育、人口増減率も、他の15道府県の中で特に優れているわけではない。このように、客観的に大阪が所謂「二重行政」の廃止によって成長した事実は見られないにも関わらず、これを正しいものとして、前代未聞の政令指定都市廃止を推し進めるのは、正常な行政であるとは言えないのだろう。

 

 特別区設置による二重行政の削減による財政効果は2015年の一回目の住民投票の時点においてほとんどない (4,000万円程度)ことが示されており5、上記のような大阪が成長するという前提が崩壊しているので、この後いかなる理由を重ねても論理破綻しているのだが、では本当に特別区を設置することによって、よりきめ細やかな住民サービスを提供できるのだろうか。

 

市民サービスは低下せざるを得ない

 市は特別区制度によって、「身近なことは身近で決めることができる仕組みが実現する」と説明していた。
しかし、新たにできる4つの特別区の権限は、政令指定都市である大阪市よりも確実に低下し、さらに予算は大阪府から分配されるので、例え身近な声が届きやすくなったとしても、権限的もしくは財政的な制限により、大阪市よりもかえって実現することが難しくなる可能性もある。

さらに、大阪府、4つの区に加え、新たに全ての特別区に対して共同で一部時事務 (介護保険事業、大阪市立プールの運営等)を行う団体である一部事務組合が新たに創設される。住民からしたら、住民サービスを相談する部署の候補が逆に増えることになるのである。

 

 一方で、新たに出来る4つの区の行政は確実に混乱し疲弊していただろう。なぜなら、区を4つに再編する際に、旧大阪市の職員は、約60%が大阪府と一部事務組合に移管し、残りの約40%が各特別区に配属される。
しかし新たな庁舎の建設は行われず、既にある区の庁舎ATCなどの既に建設済みの建物を改修して使用することになっていた。その結果、新しい天王寺区淀川区は区内の庁舎では必要な人数を収容できないため、試算上合計1,462人が新北区の大阪市本庁舎で当該区の業務に従事するという計画になっていた。

大阪府資料 13 特別区設置に伴うコスト より6

 

 余りにも馬鹿げた話である。住民に密着したサービスを謳いながら、肝心の職員は区内にいないのである

なぜこんなことになったかというと、公明党が提案した特別区設置のイニシャルコストの削減を見掛け上行うためである。

前回の計画では、3つの新庁舎を建設するため、イニシャルコストが合計600億円かかるという試算だったが、2020年案では新庁舎の建設を削ったので、コストが360億円浮いたのである。これを含む自分達の提案が通ったとして、公明党は2015年時と一転して本投票に賛成した7

特別区設置協定書と旧協定書の主な相違点8

 しかし現実的に、そのようなねじれ状態は長くは続けられないだろうから、どちらにせよ新庁舎の建設は必要になるだろう。
しかし、権限のない新天王寺区と新淀川区は新庁舎を建設する財源がないため、建設には財政を一本化した大阪府から支出するしかない。ところが、これは各区が勝手に懇願したという形になるため、特別区設置のイニシャルコストからは除外されるという寸法だ。

こんなものが誤魔化しでしかないが、公明党はこれに太鼓判を押したことを我々は忘れてはならない。

 

 なお、特別区設置によって住民サービスは低下しないと当時推進派は息巻いていたが、これもかなりグレーな物言いである。

何故なら特別区設置協定書の中には、特別区を設置するその瞬間のサービスは低下させないようにとの記載はあるが、設置以降に関しては、その内容や水準を維持するよう努めるものとする、とあるだけである

権限も低下し財源も奪われた特別区が、住民サービスを維持し続けるのは現実的に不可能なので、結局住民サービスが削減されるのは明白である。

 

事務の承継に当たっては、これまで大阪府及び大阪市が蓄積してきた行政のノウハウ及び高度できめ細かな住民サービスの水準を低下させないよう、大阪府及び大阪市は、適正に事務を引き継ぐものとし、専門性や施設を確保し、組織体制を整備する。

 また、特別区の設置の際は、大阪市が実施してきた特色ある住民サービスについては、その内容や水準を維持するものとする。   特別区の設置の日以後は、各特別区及び大阪府においては、各種事務事業のサービス水準及びその内容の必要性及び妥当性について十分な検討を行い、住民サービスの向上に努めることとする。また、大阪市が実施してきた特色ある住民サービスについては、特別区の設置の日以後においても、地域の状況や住民のニーズも踏まえながら、その内容や水準を維持するよう努めるものとする

(特別区設置協定書(P4-5))

 (棒線部筆者)

 

 結局、特別区設置のメリットは明白に存在しない一方で、大規模な行政改革の人的・財的コストは確実にかかるため、大阪市廃止と特別区設置によって大阪が成長するなどいうことはあり得ない。

大阪都構想とは、核となる大阪市廃止のメリットがないことを誤魔化すためのアドバルーンのようなものである大阪市廃止・特別区設置の内容と都構想を混ぜこぜにすることで、本当の計画を偽って宣伝することができる。真偽を追求されても、これは都構想の宣伝であって、大阪市廃止の住民投票とは異なると逃げられる。

だから、あの住民投票大阪都構想住民投票などと呼んではいけない。その時点で既に、維新の会の策略にはまっているのである

 

終わりに

 もしあの日一票でも賛成票が上回っていたら、2025年の1月1日に大阪市は解体される子になっていた。大阪の崩壊は先延ばしにされたが、その後の2021年3月の広域行政一元化条例の強引な可決によって、大阪市は骨抜きにされ、大阪の崩壊は尚も進行中である。

 

しかし昨今の万博関係のグダグダを見ると、本当にあの日特別区の設置が可決されなくて良かったと思う。特別区への移行作業のない現状であっても、2025年4月から10月まで開催予定の万博がまともに開催されるのか、現在の計画を見ると甚だ疑問であるが、開催の直前に前代未聞の行政変更があったら、とても行政が回りそうにない。

 

 最新の計画では、会場となる夢洲への車の乗り入れは原則禁止とし、府内の企業に時差出勤や在宅勤務を求めることを検討する9など、想定来場者数2,820万人 (1日平均15.4万人)を捌くためには相当な皺寄せが出そうで、万博の経済効果がむしろマイナスになる可能性すらある。

そのような場合でも万博推進派は、大阪万博は成功だったと言い続けるだろう。大阪市廃止の住民投票大阪都構想住民投票と言い続けたように。あるいは、開催を強行して、開催後はやって良かったと言い続けた東京オリンピックのように。

最も、想定来場者数2,820万人は予測というより願望に近いので、案外何もしなくても大きな混雑は無いかもしれない。その場合は、入場者人数の想定割れという形で万博の失敗が明白になり、推進派には別の言い訳が必要になるだろう。

 

 いずれの場合でも、大阪万博は大阪の、そして日本の凋落を世界に晒すイベントとなりそうだ。その時にしっかりとした省察ができるように、きちんと事実を記録していきたい。

 

1. 大都市地域における特別区の設置に関する法律

2. 

www.asahi.com

3. 

www.city.osaka.lg.jp

4. 

www.esri.cao.go.jp

5.

www.jichiken.jp

6. 特別区制度(案) 13.特別区設置に伴うコスト

 

7. 

mainichi.jp

8. 特別区設置協定書と旧協定書の主な相違点

9.. 大阪・関西万博 来場者輸送具体方針(アクションプラン)初版