万博に理念はあるのか。

 

 

万博まであと1年

 あっという間に万博まであと1年となった。その間、先行して着工した大屋根リングやプロビューサーパビリオンなどの国内パビリオンは順調に建設が進む一方で、各国や団体が独自に建設するタイプAパビリオンの遅れはもはや誤魔化せないところまで来ており、既に「開幕に間に合わないパビリオンはこれまでの万博でも珍しくなかった」と、遅れを正当化する段階に入ったようだ。元々55団体がタイプAでの出展を検討していたが、現時点で2カ国が万博自体から撤退、7パビリオンがタイプAを断念し、残った区画のうち既に着工されているのは14施設に留まり、16パビリオンは未だに建設事業者すら決まっていない。

 

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結局、万博協会は全体的な準備計画の不備を海外パビリオン個別の問題へとすり替えることで対応するようだ。石毛事務総長は、取材に対してこう答えたそうだ。

 

「『工期があれば可能だが、もう現実を直視してください。現実的にやりましょう』と、昨年秋ごろから政府を通じて各国に働きかけた」

 

海外で設計されたパビリオンは日本の基準に合わせて必要であり、建設2024年問題により、この4月からは (実態はどうであれ)工期は伸び、人件費が膨れ上がる。また、ドバイ万博閉幕から2025年4月13日の開幕まで3年半しかなく、従来よりも各国の担当チームの準備時間に余裕が無い状態であった。

 

このような状況は、少なくとも4年前の5月、ドバイ万博の延期が決定した時には容易に想定できた。大屋根リングが工事動線に少なからず影響を与えることからも、本当に万博全体を成功させたいのなら、当然対処すべき問題であったはずである。

しかし、現実には国内パビリオンばかりが我先に建設事業者と契約し、海外パビリオンを建設するために必要な余力を削っていった。その結果が、上記の惨状である。

 

 確かに、現時点で未着工のパビリオンが存在することは普通であり、また開幕までに間に合わないパビリオンが出ない万博の方が稀である。しかし、それは他のほとんどのパビリオンが順調に完成している場合の話である。さらに、今回の万博会場特有の問題が4点ある。

 

一つは今回の海外パビリオンはリング内部の、25 ha程度の面積に押し込められている点。

二つ目は、大屋根リングからリング内を一望できる会場設計であるため、工事中のパビリオンはどこからでも視界に入り、景観を損ねる点。

三つ目は会場が自家用車の乗り入れを禁止し、コンテナヤードの機能を一部咲洲へと移転するなどの対策を取らなければ来客者の交通アクセスすらままならないほどの僻地である点。

最後に、どの万博でも起こる閉会前の駆け込み来場を抑制し、その需要を会期の前半へと分散させなければ、目標人数である2,820万人を達成できない点。

 

これらは全て、「開幕までにパビリオンが間に合わなくても問題ない論」にとって不利に働く。万博の来場者数は、通常開幕直後は伸びないが、徐々に来場者数が増し、最終週の週末にピークに達するのが通常のパターンであるが、これでは交通アクセスがパンクすると、他ならぬ万博協会が予想している。

大阪・関西万博 来場者輸送具体方針(アクションプラン)第3版

 

つまり、会期前半に来場者が集まらなかった場合、それを後半で取り返すことは今回の万博では困難である。今の万博協会は、日本独自の施設さえできればそれでよく、あとは例え間に合わなくても、それらは全て海外のパビリオンチームと建設会社に押し付けようとしているとしか思えない。こんな中で、メタンガスによる爆発事故が夢洲一区で起こってしまった。

 

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ずっと以前から夢洲のメタンガスについては懸念する声が挙がっていたが、それについては適切な対応をとるから大丈夫であると誤魔化してきた。そして、実際には、火災を想定せずに作業を行なっており、協会が施工業者を管理できておらず、適切な対応が取れていないことが浮き彫りになった。人的被害が出なかったのは、本当に幸運であったという言葉以外無い。

 

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 開幕まで一年を切り、中止の際の違約金も増額となるが、中止を決断することはないだろう。海外パビリオンも含めて、参加者の希望にできる限り応えるのが主催者たる万博協会の勤めであると思うが、万博協会は所詮万博が終われば解散する出向者の集まりであり、そこに崇高な理念も意思もないのは仕方がないと感じる。

 

名目上、万博には毎回テーマが設定されている。その上位概念に基本理念があり、下位概念としてサブテーマやコンセプトが存在する。

 

この理念や大屋根リング、あるいはテーマやコンセプトは、誘致を開始した段階から制定された、守るべきものなのだろうか。結論から言うと、そんなことは全くなく、計画の進行する中で、変遷を遂げた結果が、元から残っている理念などほとんど存在しない。

 

今回は、2016年に大阪府で作られた基本構想と、2020年7月にBIEへと提出された登録申請書、そしてその5ヶ月後、2020年12月に万博協会から示された基本計画をそれぞれ見て、どのようにこれらの理念やテーマ、会場想定が変遷していったのかを確認する。

 

 

テーマ、サブテーマ、コンセプトの変遷

下の図は、大阪府で作られた基本構想と、その4年後にBIEに正式に提出された登録申請書における、テーマ、サブテーマ、コンセプトの比較である。

 

テーマ、サブテーマ、コンセプトの変遷

 

テーマ

ご存知の通り、大阪府案は医療と健康というある程度絞られたものであったが、2017年に国で検討した結果、非常に抽象的な「いのち輝く未来社会のデザイン」に変更された。このテーマの意味を、登録申請書では次のように説明している。

 

日本国政府は、誘致段階において BIE 加盟国に対し『いのち輝く未来社会のデザイン』をテーマとして提示し、多くの国々の支持を得ることができた。

(中略)

かつてないスピードで私たちを取り巻く環境が変化する中で、我々は「幸福とは何か」、「自らのポテンシャルを最大限に発揮するためにはどうするべきか」、「それを支える社会はどうあるべきか」という深遠な問いを投げかけられている。『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマは、人間一人一人が、自らの望む生き方を考え、それぞれの可能性を最大限に発揮できるようにするとともに、こうした生き方を支える持続可能な社会を、国際社会が共創していくことを推し進めるものである。言い換えれば、大阪・関西万博は、格差や対立の拡大といった新たな社会課題や、AI やバイオテクノロジー等の科学技術の発展、その結果としての長寿命化といった変化に直面する中で、一人一人に対し、自らにとって「幸福な生き方とは何か」を正面から問う、初めての万博になる。近年、人々の価値観や生き方がますます多様化するとともに、技術革新によって誰もがこれまで想像しえなかった量の情報にアクセスし、やりとりを行うことが可能となった。このような進展は、大阪・関西万博が世界の叡智とベストプラクティスを大阪・関西地域に集約するのに役立ち、多様な価値観が複雑に絡み合った諸課題への解決策をもたらすはずである。

(強調は筆者)

 

 

 

今回の万博は、「変化に直面する中で、一人一人に対し、自らにとって「幸福な生き方とは何か」を正面から問う、初めての万博」になるらしい。入場者ではなく、人間一人一人に問うことがテーマであるということは、悪くいえば万博に意義が感じられないのは、受け取り手の問題へと還元されてしまう。運営側がどんなに理解に苦しむ行動をしても、それら全てが問いだと言われたら、責任は問われた側へと移動していると主張することもできるだろう。いずれにしても、「いのち輝く未来社会のデザイン」という言葉から全く想像できない、余りにも大きく、広い事物を内包させようとしているのである。

 

因みに、「いのち輝く未来社会のデザイン」にテーマが決定したのは2017年3月であり、BIEに正式に申請書が受理されたのは2020年7月である。この間には、周知の通りcovid-19によるパンデミックがあった。申請書にはしっかりとこのパンデミックも「内包」されている。

 

世界の隅々までを変化させ、地球上のすべての人が「いのち」について考えることとなった COVID-19をきっかけに、大阪・関西万博の在り方も「ニュー・ノーマル」への対応を考えていくこととなるだろう。世界的な感染症のような未曽有の事態が起こった時でも、万博としてのメッセージを伝え、世界中の人々に参加を促すために、我々が準備しておくべきことは何か。例えば、オンラインを活用した、時間的、空間的制約を乗り越えたコミュニケーションの在り方はこれを考えるヒントとなる 。開催者は今後、このような新たな万博の在り方についても検討を進めていく。

 

サブテーマ

メインテーマも抽象的だが、サブテーマについてはさらに抽象度が上がる。ただでさえ3つもある上に、具体例を見ると、余りにこじつけが過ぎるのでは?と思わざるを得ないものも多い。例えば、「いのちを救う」の具体例として「自然との共生」、「いのちをつなぐ」の具体例として、「データ社会の在り方」が挙げられている。

 

このように、結局はどのようなものであっても内包できるように、万博のテーマは作られている。どんなものでも内包できるということは、言い換えればどんなものも中心になり得ないのである。

 

コンセプト

既に飽和しているテーマとサブテーマに重ねて、コンセプトとして、「未来社会の実験場」が挙げられている。

 

大阪・関西万博におけるコンセプトは、「People's Living Lab(未来社会の実験場)」である。このコンセプトは以下の一連の活動を通じて実現される。 大阪・関西万博では、会場を新たな技術やシステムを実証する、「未来社会の実験場」と位置づけ、多様なプレーヤーによるイノベーションを誘発し、それらを社会実装していくための、Society 5 . 0 実現型会場を目指す。 例えば、人の流れをAI等の技術でコントロールすることによる、会場内での快適な過ごし方の実現や、 キャッシュレス、生体認証システム、世界中の人と会話できる多言語システムの実装等が想定される。 また、このコンセプトを実現するために重要になるのが、Co-Creation(共創)である。ここでの共創とは、 多様な参加者と共に大阪・関西万博を創りあげることを意味する。 大阪・関西万博では、会期前から大阪・ 関西万博に関わるネットワークを広げていくことを通じて、会場内外からこの壮大な実験に参加して未来社会のデザインを共創することを目指す。

 

また、こちらは余り知られていないかもしれないが、SDGs+beyondの達成に向けて万博がその飛躍の機会となることが期待されているらしい。

 

日本は、大阪・関西万博を「SDGs+beyond」達成への飛躍の機会に位置付ける。『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマの下で行われる一連の活動は、「誰一人取り残さない」という誓いに裏打ちされた持続可能な方法で、多様性と包摂性のある社会を実現することを究極の目的とする、国連の SDGsと合致するものである。

(中略)

同時に、大阪・関西万博においては、中長期的な視野を持って未来社会を考える際、2030 年のSDGs達成にとどまらず、+beyond(2030年より先)に向けた目標が示されることも期待される。 開催者(第1章1.1. 1参照)は、パビリオン展示にとどまらず、SDGs+beyond に向けた取組について世界各国の有識者や来場者などが議論を行う場を設け、その成果を、例えば「Expo 2025 Osaka Kansai Agenda」(仮称)として取りまとめた上で、世界に発信していく

 

 

 

SDGsすら現実離れした目標であるという批判があるのに、その達成を前提としてさらにその先まで語られたら、どんな夢物語でも正当化されてしまうだろう。

 

会場・費用・来場者

会場・費用・来場者数の変遷

会場

 当初の大阪案では夢洲2区のみで完結するはずだった会場が、夢洲1区まで拡張された。単純に100 haでは足りなかったのか、それとも来場者数を算出するときに、会場面積が100 haでは望みの数字が出なかったのか (来場者数は、会場面積、日数、来場者数、開催地人口など変数に、過去の博覧会の実績から回帰分析により求められるそうだ)。

個人的には、会場面積に既に存在するメガソーラーが含まれていることから、会場面積の数字を大きくしたい意図が感じ取れることから、後者では無いかと推測するが、本当のところは分からない。いずれにしても、本来は使えないはずの夢洲1区へと安易に会場を拡大したことが、今回の爆発事故へと繋がったのである。最初の計画が杜撰さを如実に表していると言える。

 

こうして無理やり拡張された会場の夢洲とそのデザインについては、こう述べられている。

 

大阪・関西万博の会場は、夢洲である。夢洲は、大阪市内の臨海部に位置する人工島であり、来場者は 瀬戸内海の美しい景観に接することができる。会場は「非中心」「離散」をキーコンセプトとして未来社会を反映している。ランダムに配置されたパビリオンが世界中に広がる個々の人々を表し、会場を世界中の 80 億人皆で共創していく未来社会と見立てている。開催者は、未来社会をデザインする万博として、バーチャル技術を会場内外で展開する。 具体的には、① 夢洲の会場内で行う最新のバーチャル技術を活用した様々な展示や催事(会場内)、②ウェブサイトやその 他の技術を活用し、様々な理由で実際に来場することができない世界中の人々が大阪・関西万博に参加できる仕組み(会場外・オンライン)といった二つの軸で、未来社会を想起させる展示やアイデア展開の手法を検討する

 

夢洲の問題点には触れず、よくもまあ美辞麗句を並べたものである。ところが、この会場デザインは、その後すぐに変更された。新しいコンセプトである「多様でありながら、ひとつ」は、誘致時の「非中心・離散」の理念を引き継いでいるそうだ。筆者には巨大な大屋根リングは「非中心・離散」の対極に位置するように思えるが、プロデューサーには違った感性や理念があるのかもしれない。

いずれにしても、会場のキーコンセプトすら登録申請の段階からあっさりと翻せるものであり、万博に高尚な理念を見出す方が困難な行為であると感じる。

大阪案(左)とBIEに提出した会場案 (右)



 

なお、BIEに申請した会場図は、パビリオンワールド、グリーンワールド、ウォーターワールドの3区画に分ける予定であったが、2022年に突如リングの内側を「ウォーターフロント」、リングの外側を「つながりの海」に名称変更した。その理由が、建設残土の受け入れのため、元々のウォーターワールドの一部をその処分場にした為である。現在はこの場所に海はカケラも見えないが、今後水を内側に引いてみかけの水辺を作り出すようだ。建設残土に面する見せかけの水辺の名称が「つながりの海」とは、なんとも皮肉な名称である。

 

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因みに、この人々が立ち入れない水辺 (約47 ha)も会場面積に含まれている。大屋根リングが迫り出している部分を除いても、メガソーラーとこの水辺で約60 ha会場面積を嵩上げしている。

 

費用

 当初の大阪案では、会場建設費と運営費を合わせて、約2,000億円の費用を見込んでおり、その金額を申請書の中でもほぼ引き継ぎ、2,100億円としていた。ところが、2020年12月に突如建設費が約1.5倍になった。その増額分の内訳は以下の通りである。

 

大屋根はパビリオンエリアのメインストリートとなる。一部が水上にせり出す設計で、移動時の雨よけや日よけの機能も担う。協会はこれまで大屋根の整備費用について「増額分600億円のうち約170億円を占める」と説明していた。増額費用の詳細も同日、大阪市議会の万博推進特別委員会で一部明らかになった。市担当者の説明によると、600億円のうち「来場者の快適性・安全性・利便性の向上のための施設」が約320億円を占める。内訳は暑さ対策のドライミストとトイレの整備に30億円、入場ゲート屋根に30億円、照明設備に13億円などとしている。また、「参加国、事業者の多様な参加を促進するための施設」(110億円)のうち、レストランや物販施設の整備に71億円の増額を見込んでいる。

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大屋根の仕様変更による増額も酷いが、より問題なのが暑さ対策やレストラン・物販施設といった、当然想定されるべき支出の増額があまりにも多く、最初の計画が最早計画になっていなかったことを示している。

このような事業では、最初はできるだけ費用を小さく見せ、いざその金額でできないことが明白になったら、今度は「経済効果」を強調して目をくらませるのがお決まりで、同じ手を何度も使う方にも引っかかる方にも呆れてしまう。

経済効果の問題点は以前大阪IRの時に散々指摘したが、経済効果は動いたカネの大きさに連動するので、費用が増えればそれだけ大きく経済効果が弾き出されるが、このよう一過性のイベントに対する費用は、単なる支出対象の移転に過ぎず、実質的な経済効果は極めて限定的である。万博に限らず、(少なくとも産業連関表を用いた)経済効果の算出は無意味どころか、数字を恣意的に用いる者に悪用されるだけなのが現状なので、国や自治体の事業書類からこの有害な数字が一刻も早く消えることを願ってやまない。

 

来場者数

 当初の大阪案では、国内3,000万人+海外という大風呂敷を掲げていたが、申請書の段階で国内2,470万人+海外350万人の合計2,820万人に縮小した。前述の通り、この数字は回帰分析によって過去のデータより求められているそうだが、この数字の算出に使われた過去の博覧会は1970~2005年に開催されたものであり、データが古いという懸念点がある。そして、この時点では夢洲のアクセス問題は全く考慮されていない。

 

具体的な検討が進むと、すぐに夢洲では会期最終盤に爆増する来客を捌ききれないことが明らかとなる (大阪・関西万博 来場者輸送具体方針、初版2022年10月)。

 

愛・地球博では会期終了1週間前の日曜日である9月18日に最大日来場者28.1万人を記録した。これは、総来場者数の1.27%を占め、平均来場者数の2.3倍である。

 

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愛・地球博は想定来場者1,500万人を大幅に上回る2,200万人の来場を記録し、少なくとも来場者数という点では大成功であった。同じように、想定を超えた来場者を夢洲でも記録できるだろうか。答えはもちろんNOである。

 

愛・地球博では、原則として近隣の民間駐車場には期間中の営業自粛を促していた。しかし、蓋を開ければ、この運営が想定していない民間駐車場は大きな役割を演じ、最大日来場者28.1万人の内、公式が想定するしないその他の手段 (民間駐車場、徒歩、二輪、タクシー)で来場した人数は、約28%の8万人に上った。

 

一方で、今回の万博では自家用車の乗り入れはできず、舞洲などの指定の駐車場に停めてシャトルバスを使用する必要がある。そして、そのような対策を行なっても、1日の来場者が20万人を超えると車によるアクセスはパンクすると考えられている。そこで、チケットの種類を増やし、通期パスの入場時間と入場期間に制限をかけることで、最大日来場者を22.7万人に抑えることができるそうだ。

 

これが成功するならば、まさに人の流れをコントロールする「未来社会の実験場」と言えるが、そう上手くいくのだろうか。現在、前売り券の94.8%は利用制限の無い超早割一日券であり、開幕券や前期券の占める割合は合計4.5%に留まっている。筆者はチケット販売前に、前売りの枚数をコントロールして調整するものと思っていたが、今のところそのような調整は見えてこない。

期間限定のイベントの最終盤が混み合うことは人間心理の必然であると言える。実際に行った人のクチコミを聞いていくかどうかを決める人も少なく無いだろう。それをどうコントロールするのか、実は密かに期待しているのだが、そんなウルトラCは出てくるのだろうか。

 

なお、現在前売り券は目標の10%も売れていないが、これは当然であると思われる。個人にとって、今前売り券を買わなければならない合理的な理由は何も存在しない。何故なら、まだどのパビリオンが予約制でどのパビリオンがいつでも入れるのか全く分からない上に、来場日時の時間枠は未だに調整中で、前売り開始当時は駅からのシャトルバスの運賃も決まっていなかった (3月に350円に決定)。万博のチケットは原則として返金できないので、今買うにしても何枚買えばいいのか皆目検討がつかない上、通期パスは11時からという時間制限がついており、一度に予約できるパビリオンの数に制限あるなど、現段階で買うにはリスクが大きすぎる。

パビリオンを先行予約できる超早割一日券を買うにしても、9月に入って買えば十分である。これまでの主な購入元は、昨年度の予算でチケットを消化したい企業や自治体であると思われる (ところで、チケットの販売状況には団体割引券の枚数が表示されていないが、これはいつ公表されるのだろうか)。

企業購入分はこれから本格化するだろうし、一般購入分も、詳細が決まってくればもう少しは伸びる。故に、今チケットが売れていない状況は、協会としても想定内だろう。

 

ただ、来場の時間帯や、(大阪メトロを使わない場合)行き帰りのシャトルバス、パビリオンと、何から何まで予約が必要な今回の万博であるが、これで本当に混雑を緩和できるのか、また、混雑は緩和できたとしても、来場目標と両立するかは、甚だ疑問である。この20年間の万博は、どこも半年間で2,000万人以上の来場者を集めているが、それはある意味万博がテーマパークなどに比べて洗練されていないからである。普通のテーマパークは、各アトラクションの種類や配置を考え、待ち時間を計算し、パーク全体でお客さんに満足感を与えているが、万博では個々のパビリオンの展示内容に対して主催者はノータッチで、内容が似たようなものになったり、人気パビリオンに人が集中したりと、会場全体としてのクオリティーは高めようがない。洗練されていないからこそ、無駄が多く、混雑があらゆる場所で発生するので、時間が取られて一日では見切れず、期間が限らているので仕方なく何度も足を運ぶことになる。

万博において混雑と来場者数はトレードオフの関係であるが、今回は混雑を緩和した上で来場者を確保するという、万博史上初めての命題を解決しなくてはならない。だから、今回の万博は「例年通り」の進行ではダメなのだが、それを理解できているのだろうか。

 

 

終わりに

 結局、万博のテーマやサブテーマはどうとでも取れる曖昧なものであり、会場などのコンセプトもBIEへの正式な申請後にプロデューサーの意向で簡単に変更でき、そこに定まった理念などない。各パビリオンの関係者や会場のプロデューサーには、個々に崇高な理念があるかもしれないが、それらが「国家プロジェクト」の理念にはなり得ない。そもそもの計画が杜撰であるため、費用を予算内に収めるつもり無く、費用増を当然のこととする。

万博の誘致決定から今日まで、万博のためという名目で巨額のカネが動き、それが肯定される。開催地はその恩恵を最も受けるが、10兆円近い万博関係予算はあちこちの省庁や自治体に流れ、関わる人の数も膨大である。空虚で巨大な万博は、誘致のプロセスからしてどこまでも政治的なイベントである。2度とこのような愚行を繰り返さないため、我々は万博についてよく知らないといけないのである。

 

 

大阪・関西万博の海外パビリオン建設が遅れる理由

 2025年4月13日から開催が予定されている2025年日本国際博覧会 (通称: 大阪・関西万博)については、特にコスト増や海外パビリオンの建設が遅れていることが大きく報道されている。

 

当ブログでは今までほとんど取り扱ってこなかったこの問題だが、取り上げるまでもなく失敗が見えていると感じていた。正直な話、2022年10月に万博協会が発表した来場者輸送具体方針が、夢洲への輸送能力が不足している現実をクッキリと示していたのに、その後当時の松井市長がペット会場への同伴許可を要請したというニュースが流れた時、乾いた笑いが出た。本気で万博を成功させようという気概が全く感じられなかったからである。

 

 個人的には、それ以上に信頼性の低い予測来場者数 (2,820万人)を絶対のものとして全ての計画が組まれ、それ故にアクセスが崩壊していることや、そもそも現在の日本で万博やオリンピックといった一過性のイベントを開催する際に避けられない「構造的な無責任」の方が問題であると考えるが、コスト増による税負担や海外パビリオンの遅れを揶揄した「大阪◯博」 といった話題の方が多くの人に刺さるのだろう。今回は海外パビリオンの話に絞り、それ以外の話は次回以降に回そう。

 

 

連日この話題が報道されているが、それだけを見ていても、海外パビリオンの遅れ問題の本質が見えてこない。夏ごろに最も進んでいる報道されていたのは韓国とチェコであるが、韓国については近影が全く報道されず、チェコについては一転、厳しい内実が11月に入ってから報道されていた。

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そこで、どの国が計画通りにパビリオンを期間内に建てられる可能性が高く、どの国が厳しいか、事例を見ながら考えよう。

 

韓国

 韓国は最初に基本計画書を大阪市に提出し、当時は最も進んだ国であると報道されていた。8月には、2024年11月にパビリオンの工事が完了するという計画であることが報道されていた。

www.hokkaido-np.co.jp

しかし、それから全く音沙汰がない。この報道が出た時、実はパビリオンの施工業者を公募している最中であった。

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この公募によると、工期は11ヶ月とある。先の記事と合わせると、業者選定後、工事が始まるまで4ヶ月ほどかかる計算になる。

それは当然で、施工業者も落札したすぐ次の日から工事、とはならない。資材確保の目処は落札前に付けているだろうが、それらを発注したり、具体的な計画練ったりするには時間が必要だ。

 

さて、実はこの公募は落札されず、9月に再入札が行われている。5日に公示し、落札予定日は18日というスピード入札だ。

この入札に際して仕様変更は行われず、11ヶ月という工期や187億ウォンという落札予定価格はそのままだった。

www.kotra.or.kr

 

結局落札予定日の18日には結果は公示されず (最初の入札も、落札予定日には何の知らせもなかった)、そこから一切の進展はない。2度目の入札も不落に終わったと見るべきだろう。

 

 恐らく、施工業者が見つからないので、仕様の変更を余儀なくされていると推察される。単純な落札予定価格の引き上げと工期の後ろ倒しでは間に合わない (11月末に施工業者が決まったとして、施工開始は3月、工事が終わるのは2月。これでは、内装工事やスタッフの訓練などに必要時間が取れない)。

 

基本計画を真っ先に提出しながら、仮設建築物許可申請に進めないのは、このような事情があるからだろう。

 

チェコ

 チェコは最も早く仮設建築物許可が降りた国として報道された。その後、パビリオンの仕様が万博協会の定める基準に違反しているのでは、との疑念が持たれていたが、筆者はそれとは別の方向で、チェコの計画は上手く進まないと考えていた。

 

何故なら、チェコはまだ施工業者が決まっておらず、その入札予定日はなんと2023年12月~2024年1月とされていたからである。

expo2025czechia.com

 

この予定では工期が間に合わないと思っていたが、どうやらこれはチェコの法律によるらしい  (上記の朝日新聞の記事より)。しかし、建設許可が出ないと施工業者の入札ができないとなると、かなり厳しい状況である。開催が迫れば迫るほど、施工業者も準備や工期に余裕が無くなり、入札しづらくなるだろう。

 

日本のパビリオンは本当の意味で順調なのか

このように、外国にとって今一番難しいのは計画を立てることでも、申請を行うことでもなく、計画を実行に移す施工業者を探すことだろう。基本計画書を提出していたブラジルがタイプXに移行したのがその例である。

www.sankei.com

 

10月末の時点で施工業者が決定している国は24カ国と言われている。現在、タイプAから計画変更したと伝えられている国はブラジルやナイジェリアなど5カ国。メキシコは参加自体を正式に取りやめた。しかし、これでもまだ20カ国以上の施工業者が決まっていないことになる。

 

仮設建築物許可申請を行なった4ヵ国の内、先述したチェコモナコは施工業者が決まっていないようなので、順調と言える国はルクセンブルクとベルギーしかない。

 

施工業者が決まっている24ヵ国は、順調とは言えなくとも、その国だけが工事するのなら間に合う可能性が高いだろう。しかし、工事が集中したとき、果たして全ての国が工程通り工事を進めることができるのか、それはまだわからない。

 

 一部では日本のパビリオンは順調であり、海外の準備が遅いのが悪いという声もあるが、筆者からすると土地勘のある日本の企業や万博協会が先にリソースを確保していて、その影響を法律や建築基準の異なる海外に押し付けているように見える。

当初の予定通りだと、会場への電気供給が整うのは2024年7月 (1~2ヶ月前倒しに変更)、下水インフラが整うのは2025年4月であった (3ヶ月前倒しに変更)。詳しくは下の資料を読んでもらいたい。まだ工事が集中していない今でも様々な問題が表面化しているが、「当初の予定通り」進んだとしたら、更なる混乱が広がっていたことは想像に難くない。

https://www.expo2025.or.jp/wp/wp-content/uploads/231110_01_01_PVkaizenn.pdf

(ところで、この資料は日本語版しかないのだろうか。この辺りも海外の参加者にとっては辛いところである)

 

参加国がストレス無く展示環境を整えられる環境を整備することは開催国の責務である。

万博を世界中の国が集まる素晴らしい機会だと語るのであれば、その土壌を十分に整備できていない万博協会を批判せず、万博を礼賛することが果たして正しいことなのか、よく考えてもらいたい

 

 愛・地球博の海外パビリオンは、全て協会が発注したプレハブであった。しかし、海外パビリオンが特別にショボかったとは言われていなかったと思う。

 

最初から形式がそうだと決まっていれば、外国もそれに合わせて展示を準備しただろう。ドバイ万博から時間がなかったこと、 建設2024年問題、(結果的にとはいえ)万博協会に海外との調整能力が欠けていたことを考えれば、開催まで2年を切ってから突然「タイプX」などと言い出すのではなく、最初から海外パビリオンをプレハブに統一することもできたはずだ。

その選択肢を放棄してタイプAを導入し、全てを外国に丸投げする姿勢は、この万博を取り巻く無責任を端的に表しているといえる。

 

打ち上げれば終わりの打ち上げ花火でも、打ち上げるまでには入念な準備が必要である。身の丈に合った計画が立てらない者は、花火で盛り上げることすらできない。

東京オリンピックの中抜きが問題になったとき、祝賀資本主義という言葉が取り上げられたら、今の日本には祝賀を取り繕うこともできなくなってきているのではないか、そんな疑問を抱かずにはいられない。

 

 

大阪IRを万博以前に開業することはできたのか?

課題山積の上での認可

 少し前の話だが、大阪IRが国に認可された。開業時期は予定よりもさらに遅延し、2030年秋となった。広く報道されている通り、実施協定には事業者へと土地が正式に引き渡されるまで最大3年間、事業者の判断で契約を解除できる解除権が加えられた。

事業地の土壌汚染対策費、地中障害物除去費、液状化対策費は大阪市が負担することは既に述べたが、事業者が契約を解除した場合は、それまでに事業者が費やしたこれらの費用を大阪市は補填しないとされている。

案の段階では、撤退時までに事業者が使った費用も大阪市が負担する可能性もあっただけに、この点についてだけは良かったと言える。

(但し、その場合地下鉄延伸費用は支払われないので、202.5億円分の実質負担増となる)

 

 認可に際して区域整備計画も一部変更されたが、そのほとんどが開業時期のずれや、主たる事業者であるMGMとオリックスの負担増 (各社2,120億円の支出から各社3,060億円増額)によるもので、開業3期目の売上や来場者予測に変更は全くと言っていいほどない。

不思議なのが、売上は全く変わらないにも関わらず、開業3期目の純利益の予測が750億円から 850億円へと増大したとことである。また、合わせて、大阪市への税収の見込みが20億円増額となり、90億円となっていた。しかし、大阪府への税収は50億円で変わっていない。

出資比率が増えたとはいえ、借入額が減った訳ではないので、売上を変えずに純利益を増やすためには、費用を減らすしかない。区域整備計画案を策定した2021年末から計画を改定した2023年9月までに、費用が増大する要素は数多く表面化したが、費用が減るような要素は見受けられない。それどころか、大阪市への納税額は増えており、この点で費用は増えている。

元からこの事業計画の数字には様々な疑義があることはこのブログで何度も述べたが、今回の純利益の上方修正も、投資額の増大を回収するためには純利益の増大が必要という、机上の数字を合わせるための改定に思えてならない。

 

なぜ、ここまで計画が遅れるのか

 さて、一方で開業が遅れた理由について、政府が政局の為に意図的に認可を遅らせたことが原因であると批判する声もある。確かに統一地方選が終わるまで審査結果を開示しないという発表はあったが、その影響は最大でも1ヶ月程度であり、残りは提出した区域整備計画に疑義があった為である。そして、本来は認可から3ヶ月以内に実施計画を締結する予定だったのに、それが伸びたのは、大阪市大阪府と事業者の調整が難航したからというのが大きいだろう。

 

これで大阪IRの開業予定の延期は3度目となった。しかし、その内のほとんどが、元々無理な目標を掲げていたことに起因すると思われる。

 

ここからは、IRの一番初めの計画、万博前のIRの開業が成功する可能性について考えてみたい。

 

IRを2024年中に開業することは可能だったのか

 元々、大阪IRの開業時期は2024年と計画されていた。万博が2025年に決まり、それより前の2024年にIR開業という計画を打ち出したのは2018年11月のことである。結果的にCovid-19を理由として、この計画は2020年の3月末に撤回され、2027年までの開業を目指したが、それも2021年2月に白紙となった。2022年に国に提出された区域整備計画では、当初の要求水準を大幅に下げた部分開業を認め、それでもなお2029年度末 (つまり2030年の初頭)まで開業が遅れるという計画になった。そして今回、開業時期の更なる延期 (2030年秋)が明記された実施協定が締結された。

 

最初と次の延期はCovid-19のため、そして今回の延期は日本政府の審査が長引いた為と言われており、そしてロシア・ウクライナ戦争も影響していると言われている。

 

Covid-19やロシア・ウクライナ戦争。これらは、計画を打ち出した段階で予想できたことではない。しかしながら、その時には既に働き方改革法は国会を通過していたので、2024年4月以降の建築業が当時のペースで進まなくなることは分かっていた。そして、万博の終了まで、大きな外部要因が何も起きないと考えるのは楽観的すぎるだろう。万博開催日という締め切りは大阪どころか日本政府だけの判断で動かせない以上、計画は保守的であるべきで、ある程度のバッファを持たせておくのが当然であろう。

 

では、仮にパンデミックも戦争も起きず、ドバイ万博の延期もなく、大きな円安も円高もなく、そしてIRの認可がスムーズに進んだとしたら、万博を計画通りに整備しつつ、2024年にIRを開業することができたのだろうか。

 

必要なステップとしては、

  1. 事業者の公募
  2. 大阪府大阪市による事業者の決定
  3. 区域整備計画の策定
  4. 住民説明会とパブリックコメントの取得と回答
  5. 大阪府議会と大阪市議会による区域整備計画の承認
  6. 国への区域整備計画の提出と審査・認定
  7. IR建設工事・開業準備

となる。では、ステップごとに見ていこう。

1. 事業者の公募

 まず、大阪市大阪市によるIRの事業者公募の締め切りは2020年2月14日であった。現実にはこの時点で既にMGM・オリックス以外の事業者は撤退したのだが、仮に競争がこの時点でも存在し、その中から事業者を選定できたとする。当たり前だが、事業者が参加するかの計画を立てるまでに、1年以上の時間がかかるのは当たり前である。

2. 大阪府大阪市による事業者の決定

 大阪市大阪府による事業者審査は、競合すればするほど時間がかかるはずである。現実では一社だけになった後、事業者の正式決定は2021年の9月であった。

ここでは超高速で審査を完了し、2020年5月末に決定したと仮定する。(現実には日本政府からの基本方針の発表が春から12月に伸びたが、ここでは延期がなく、事業者決定と同時に発表されたと仮定する)。

3. 区域整備計画の策定

 そして区域整備計画案を作成するのにも3ヶ月はかかるだろう。現実にも、計画案を公表するのに事業者選定から3ヶ月を要している。既にこの段階で、2020年8月になっている。

4. 説明会とパブリックコメントの取得と回答

 その後、計画を公表し、住民へのパブリックコメントの募集や説明会を行う。どんなに形ばかりのものであろうが、建前上行わないわけにはいかない。この工程に3ヶ月はかかる (現実でも2ヶ月半程度で強行した)。

5. 大阪府議会と大阪市議会による区域整備計画の承認

 上記より、区域整備計画が大阪府議会と大阪市議会の両方を通過するのは、どんなに早くても2020年末である。区域整備計画案が公表されてから内容について審議する時間はほとんどないと言ってよく、強行採決は避けられない。

6. 国への区域整備計画の提出と審査・認定

 丁度12月末までが国への申請期間だったと仮定し、計画を提出できたとする。

国の審査が3ヶ月で終わったとしても、計画の承認は2021年の3月で、既にIR開業のタイムリミットまで3年9ヶ月である。そして現実ではここから実施協定提出までに半年かかったが、認定後速やかに実施協定を国に提出、認可されるものとする。

7. IR建設工事・開業準備

 そして、「IRに公金は一円も使わない」という当初の計画通り進むのであれば、ここから事業者がIR施設のための地盤改良工事を発注する

なお、この時点では此花大橋や夢舞大橋の6車線化すらできていないが (此花大橋の6車線化が現実に終わったのは2022年10月)、それでも滞りなく工事が進むと仮定する。夢洲上下水道・電気・ガスといったインフラは現時点でも整備が終わっていないが、これもきっと業者が殺到してなんとかしてくれるのだろう。

そして当初の計画通りであれば、2023年の4月からパビリオンの建設が始まる予定だったので、この時期から万博の建設とバッティングするが、それも乗り越えて、遅くとも2024年夏には建設を終えないとならない
(なお、当初の計画通りならば、総延床面積は現在の計画よりも30%ほど広く、展示場は現行案の5倍の10万㎡のものを、ホテルも500室多い3,000室で作る必要がある)。

その間にIR各施設のために1万5千人規模の雇用を実現し、訓練をして、内装を終え、晴れて2024年までの開業が実現するわけである。

 

どうだろうか。まるで世界が大阪IRを中心に回っているのかと思えるほど都合の良い仮定をいくつも重ねて、それでもなお2024年中の開業は間に合わないと思えるほどに、この構想は破綻している。

 

ただでさえ認可が降りてからタイムリミットまで3年9ヶ月。その時点で夢洲は、必要な杭打ちも、液状化対策もされておらず、その他インフラも非常に脆弱である。

そんな場所に4年足らずで世界最大のIRを作れと言われても、事業者は首を横に振ることしかできないだろう。この日程で事業を進められる事業者がいたとは思えない。

 

結局このIR→万博という構想は、「万博とIRをほぼ同時に行えば、インパクトもあるし金も入って来やすいのでは?」という思いつきから大した事前調査もしないまま打ち上げてしまったようにしか見えない。

 

待っているだけでは未開の地は整備できない

 私が夢洲開発について本当に不思議でならないのが、維新の首長が、政治判断として公金の支出を、「万博開催のため」、「地盤改良は土地所有者 (大阪市)としての責任」、「民間が投資するので公金は使わない」といった理由をつけて頑なに避けていることである。

 

例えば下は、2021年6月、IR用地の液状化対策について、当時の松井市長と港湾局のやりとりの一部である。

市長

液状化が生じる土地で、事業者が建設したい施設を建てられない、延床面積を増やせないなら、そもそも土地の賃貸借契約が成り立たない。大阪市としてIR誘致を決定した以上、その施設が成り立つ土地を提供することが市の責務である。賃料をもらう以上、土地所有者の責任として、IR施設を建設できる土地を用意する必要がある。市が液状化対策費用を負担しないなら、賃貸価格を下げる必要がある。そのどちらかだ。

港湾局

土地所有者の”責任”として液状化対策費用を負担することはできない。夢洲ですでに売却した物流用地との公平性を保てず住民訴訟で敗訴するリスクがある。また、今後の市内の土地売却の際にも液状化対策の負担を求められる恐れがある。あくまで土地所有者の”責任”ではなく、”政策判断”として液状化対策費用を負担すると整理する必要がある。

drive.google.com

 

 

 

最終的には大阪市が「土地管理者の責任」として公金を支出することに決まったが、港湾局が最後まで抵抗した点は、支出自体ではなく、その支出を「土地管理者の責任」として行うことだった。これまでは液状化対策費は事業者の負担というのが通常であり、IRだけを特別扱いするのであれば、それは政治的な判断以外の何者でもない

 

 夢洲2区 (IR用地)の元々の役割は建設残土などの最終処分であり、埋め立て後の土地の利用はあくまで2次的なものである。そんな無人島を開発しようとしたら、巨額の投資は避けられない

万博は国家事業であるのは間違いないし、IRも国の方針であるが、I R推進局の前身である大阪府市IR立地準備会議が始まった (夢洲が会場候補になった)時から、大阪府知事としてトップに立っていたのは松井前市長であり、特に万博の会場選定は、ほぼ松井前市長の政治的判断で夢洲に決定した。ならば、「夢洲を国際観光拠点とするため、公金を投入し、それが実現できるように整備を行う。その責任は自分が負う」と何故言えなかったのだろうか。

 

 政治的な公金支出判断は、普段自分達が標榜している「身を切る改革」や、大阪自民党時代を揶揄した「負の遺産」という標語に反するのと、当初は複数のIR事業者を競わせており、大阪側に優位があったので、それでも成り立つと考えたのだろうか。

世界中に投資先は溢れている。募集だけかけたら、民間事業者が喜んでやってもらえるような世界ではない。リターンの見通しが立たなければ動けない民間ではできないことがあるから公共事業は必要なのである。それを避け続けた結果、大阪市はこれまでの解釈を捻じ曲げて、「土地管理者の責任」として公金を支出する羽目になった。

 

万博やIRといったキャッチーな事業は、しばしば花火や祭りに例えられる。しかし、どんな花火大会や祭りを開くにも、それなりの準備が必要となる。まして、それがこれまで未整備の土地で行うならなおさらである。東京オリンピックは催事資本主義であると批判されたが、もはや日本は祭りすら取り繕うことができなくなっているのではないか。そんな気がしてならない。

 

民間事業者が儲かるから大丈夫、とはとても思えない

 MGMはアメリカ国内、特にラスベガスではNo1のカジノ事業者であるが、現在アメリカ以外でカジノ営業をしている国はマカオしかなく、それもマカオとしては後発で、しかも現地のSJMからサブライセンスを付与されるという形でスタートした。

パートナーシップを結んでカジノ従業員を訓練していたベトナムからは、ベトナム国民がカジノに入れないという法律に反発して開業予定の直前 (2013年3月)で離脱したし、オーストラリアのカジノを1995年に買収したが、9年ほどで手放している。

(なお、ベトナム国民のカジノへの入場は2017年に制限付きで解除されている)。

このように、MGMが今まで他のカジノ事業者の手を借りずにアメリカ以外でカジノ運営を始めたことはない。大阪への進出は、MGMにとって外国に一からカジノ事業を導入する初めての試みとなる。MGMの日本法人は、そんな一大事業を行うに足る事前調査を行っているのか、前から疑問だった。

 

しかし、その能力への疑問を強めざるを得ない事件が起こった。MGM・オリックスコンソーシアムが作った大阪IRの動画とパース図にて、著作権違反があり、使用許可を取らずに著作を無断使用したどころか、奈良美智氏の作品については、一度断られたのにも関わらず使用し、さらに大阪市の問い合わせに対して、確認もせずに使用許諾が取れていると虚偽の回答をしたということがわかっている。

https://www.mgmresorts.co.jp/news/1129/

 

筆者もMGMは世界的大企業であると考えていたので、ここまで明確かつ杜撰な違反を起こすとは思っていなかった。

投資額が増額しても、開業が遅れても計画を進めている点は意欲的だが、大阪IRの基本協定には解除権を盛り込み、売上予測は (少なくとも公表している数字上は)杜撰で、イメージパースの作成は著作権違反を犯しても修正せずに適当に出してくる。本気度のイマイチわからない事業者と、調整能力に欠ける行政の組み合わせが何を生むか、心配になるのは余計なお世話なのだろうか。

 

統一地方選と大阪IR

維新の大勝と大阪IRの正式認定決定

 4月9日に行われた統一地方選の大阪での結果は、維新の会の候補者が府知事、市長で圧倒的な得票数で当選、市議会も単独で過半数を占めるなど、維新の圧勝と呼べるものであった。

 

そして当ブログで追いかけてきた大阪IRについても、国の認可が正式に決定した。

 

非維新の候補者は、IRを大きな争点に挙げていたが、結果的には前回危惧したと通り自滅に終わった。(最も、審査決定のスピードから、統一地方選の結果がどうであれ認可が決まった可能性の方が高いと思うが)。

 

今回の結果は正直予想通りであった。維新の会の過去の選挙結果を調べると、大阪市においては約60万票を自在に振り分けることができるということが、以前より指摘されている。

www.nikkan-gendai.com

 

ならば、大阪市で維新と戦うためには、最低でも投票率60%は超えないと話にならない (2020年の大阪市廃止住民投票の投票率は62.35%)。非維新の候補者がこの点をどれだけ真剣に考えていたのか、今回の選挙活動からは見えてこなかった。

 

夢洲にディズニーランドを誘致」という与太話には、乾いた笑いしか出てこなかったし、大阪IR計画の問題点についても精査し切れておらず、結局「大阪にカジノは要らんで」という、感情論の域を出ていなかったと見受けられた。

 

大阪市廃止住民投票は、賛成する・しないの二択であったため投票率が60%を超えたと思われる。しかし、選挙では維新をよく思わない=対立候補に投票、とはならない

「維新を特にいいとは思わないが、他の政党もいいとは思えない」という人々も多いだろう。それを加味すると恐らく、市長選や府知事選で維新に勝ちたいのなら、投票率は70%近くが必要だろう。

 

もし、「維新の問題点を広く世間に知らしめれば、自然に政治的関心が高まりこの水準の投票率に到達する」と考えて選挙戦を行っていたとすれば、それはお花畑思想と言わざるを得ない。

 

日本維新の会維新の馬場代表は、選挙における女性候補の擁立について語った会見において、

私自身も1年365日24時間、寝ているときとお風呂に入っているとき以外、常に選挙を考えて政治活動をしている。それを受け入れて実行できる女性はかなり少ないと思う。

と発言した。発言の内容が、公党の代表かつ現職の国会議員にふさわしくないのは言うまでもないが、しかしこのような発言が出るほど、維新は選挙対策を重視しているのだ。その相手に勝つ手立てがないのなら、そしてあの程度の理解ならば、わざわざIRを大々的に争点化しないでもらいたかった。

選挙戦で維新はIRを大きな争点にしていないが、対立候補が大きな争点としていた選挙で圧勝した以上、「一定の民意は得た」と言われてしまっても仕方がないし、そうなることは選挙前からわかっていたことである。

 

現状、大阪とその周辺で、維新以外の候補者が不利なのは間違いない。そして、その最大の要因は、ふわっとした民意を汲み取っている訳ではなく、泥臭い票固めである。しかし、不利な立場にいるならば、その不利を自覚し、それ相応の戦略を立てなければ、ただ敗戦を繰り返し、より維新の支配力を強固にするだけである。

 

MGM目論み通りに進む

 大阪市議会でも維新の会が過半数をとったことで、大阪府大阪市はIRに対して公金を事業者の望むままに支出できるようになった。事業者としては、今の状況ほど美味しい状況はないだろう。

 

振り返れば、MGM・オリックス以外の事業者が撤退したからは、MGMのなすがままに大阪は服従してきた。

大阪IRの区域整備計画の要求水準が大幅に引き下げられた直後の2021年の6月、MGMのCEOビル・ホーンバックル氏は、投資家に対して次のように説明したとされている。

 

・コロナ禍がもたらした日本IRの遅延により、大阪側が当初要求していたMICE施設の広さとホテル客室の数などの「条件を大幅に下げる」ことに成功した。

・我々の中核事業であるゲーミングを中心に構えることができる。

・市には『生産性があり、意味がある部分はこれだ』と言うチャンスがあったので、現在はリターンが良くなったと思います。

agbrief.jp

 

 

また、次の発言は、同じくビル・ホーンバックル氏が2022年第四四半期の決算説明会の時に語ったものである。

MGM Resorts has presented a compelling offer with our partner, Orix, to develop an integrated resort, which will develop international tourism and growth to that region. We're extremely excited for the ROI opportunity in a market in which we may be the sole operator for some time in the future.

(拙訳)

MGMリゾーツは、私たちのパートナーであるオリックスとともに、統合型リゾートを開発し、その地域への国際観光と成長を発展させるという魅力的なオファーを提示しています。今後しばらくの間、私たちが唯一のオペレーターとなるかもしれない市場で、ROIの機会を得ることに非常に興奮しています。

 

このホーンバックル氏の見立て通り、長崎IRは認定が先送りされ、大阪が唯一の認定事業になる可能性が高くなってきた。

ところで、上記の発言を並べると、MGMが大阪で何をしたいのか、自ずと見えてくるだろう。IRの名目上の主役であるMICEや、大規模なインバウンドのために必要なホテルの規模は、削減できるのであれば削減したいもので、中核事業はゲーミング=カジノであり、そして期待しているは独占的な市場である。

日本の周辺にはマカオシンガポール、フィリピン、韓国などに既にカジノ市場が存在するにも関わらず独占的な市場に期待するということは、国際的な競争は目指さず、ローカルな日本人の支出を独占することが目的ということである。

 

「IRでインバウンドが~」とか「カジノはIRの一部〜」などと言う幻想はいい加減捨て去った方が良い。 大阪IRのターゲットは日本人で、中核施設はカジノ。これを否定することと、「ノウハウを持つ民間企業が行う計画だから大丈夫」論は両立できない。他ならぬ事業者がそう言っているのである。

 

大阪IRによって大阪府市に税収が入るということは、日本人が他のこと使うことのできた金を特定の事業者に集約させ、その一部を取っているだけなので、日本全体からしたらプラスにはならない。

カジノ事業では客と事業者との間で直接的な金の移動が起こり、その金額とモノ・サービスの消費が比例しないので、経済波及効果の最も乏しい事業であると言える (事業者の提示する経済波及効果1.1兆円がどれだけ意味のない数字であるかは、過去に書いた通り)。

それが本当に大阪の成長戦略の柱になるというならば、これほど大阪の衰退を象徴する事例もないだろう。

 

ところで、MGMにとっては既にこれ以上ないほどに有利な状況であるはずなのに、何故さらに土壌改良費を大阪市に求め、さらに大阪市が事業地の賃料を、わざわざ「鑑定業者が提案してきた」と虚偽の発言をしてまで安くしようとしたのだろうか。

 

2022年第四四半期の決算説明会でホーンバックル氏は大阪IRのリターンについてこう答えている。

 

We're looking at a return on that project, we think can bring 15% plus in cash flow and then maybe then some, but it has to mature.

(拙訳)

このプロジェクトのリターンは、キャッシュフローで15%以上のプラスになると考えていますが、今後より円熟なものにする必要があります。

 

これがオリックスの言うところの「我々の倍近い数値」なのだろうか。キャッシュフローで15%というのがどの時点を基準にしているのか明確ではないが、最低でもMGMにキャッシュで年間300億円 (大阪IR全体に年間750億円)は入ると見込んでいることになる。カジノの売上に対して一番情報を持っているはMGMであることは間違いないが、これはオリックス曰く「アテにできない」数字だそうだ。

 

現在50億ドルをこえるキャッシュを持ち、ラスベガス市場は絶好調、さらに2022年大赤字だった中国市場の回復が見込まれるなど、かつてないほど良い状態にあることを投資家に宣伝しているMGMであるが、この上なぜ、800億円程度の土壌改良費 (MGMの支出としては320億円程度)を求め、この履行を撤退条件に含めているのか。

 

その理由は、投資家に説明するほど、実態の債務状況は芳しくないことが原因だろう。MGMの長期負債残高はここ4年で減り続けているが、実態はアメリカ国内のカジノ施設を全てセール&リースバックしており、これによって多額の現金を得た一方で、賃料の支払い額は膨張し、2022年度にはその額は年間2,000億円を超えている。さらに2022~2023年にかけて、二つのカジノホテルを完全に売却している。

 

ラスベガスがこのままの売り上げを保ってくれれば良いが、来たる景気後退期には売上が確実に下がる。さらに今MGMはニューヨークの新カジノライセンスの入札に参加しており、中国部門にも、従来のVIP向けの戦略からマス層を主軸にする戦略に切り替えるにあたり、更なる投資が必要となる。

 

これらの出費を出しながら日本に出資する上で、費用はできるだけ削りたいと言うのがMGMの本音であろう。短期的にはカジノを完全に売り払って現金を得つつ賃料を減額することはできる。

大阪IRの開業は、最短で2029年度末を予定している。資金が無事繋がり開業できたとして、その収益は、果たしてMGMが考える水準か、それともそれはオリックスの言うような「アテにできない」数字なのか。開業は最短でも約7年後。それ以上に伸びる可能性を計画は認めている。誰が正しかったのか分かるのは、随分と先のことになる。

 

終わりに: 大阪IRの審査結果を眺めて

 大阪IR への審査結果が開示され、総合点は6割5部と評価基準を上回ったが、来場者数の推計方法については精緻化が求められたし、カジノ施設の具体性が欠けていると指摘されている。それでも合格点に達したのは、そもそも国が定めたIRの基準や法令、理念にも問題があり(シンガポールという国の特性を無視して、施設の規模のみを比較するなど) 、その中では一定の評価を得られる計画であったからだろう。他方、地盤問題については、例えば次のように書かれている

 

特に準備段階においては、大阪府・市がIR整備の工程上重要な役割を担うが、大阪市が進める土壌対策など課題が顕在化している現在の状況に鑑みれば、工期等の遅れが生じた場合の対応など、大阪府・市との連携に関しては、後発事由で発生の所要費用の分担を含め、IR事業者として構成員間及び大阪府・市と円滑な意思疎通・合意形成の下、着実な対応を求める。

(「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画」 審査結果報告書23ページ)

 

 

港湾局の説明では、大阪市が支出する必要があるのは建設汚泥処理の増嵩分であり、その他の支出については、土地管理者の義務としては必要がないとしている。この書き方だと、液状化対策費などを含んだ支出について、国からお墨付きが出てしまったようだ。

それが正当な支出かどうか、チェックする機能はもはや大阪市議会にはない。議会軽視は何も維新だけの問題ではないが、こういった本音を堂々と言ってしまうくらいには、維新には議会とは邪魔なものだったのだろう。

 

 

 

 

基本協定書によると、IRに「市が合理的に判断する範囲」で公金が支出される。大阪府民がそう望んだと言われてももはや文句は言えない。

これが我々の選んだ道である。それでも維新に立ち向かうのであれば、自戒を込めて言うが、自分の都合の良い情報に安易に流され、決まったフレーズを繰り返すような真似は最低限しないように。それは維新がやっていることと全く同じである。

 

夢洲地盤問題と「カジノはIRの3%」について

今回は短く、大阪IR計画について最近よく聞く2つの問題に答える。

 

夢洲は軟弱地盤で、すぐに液状化する?

→港湾局の見解では、IR建設予定地に特段の軟弱性はなく、高層ビルの建設は可能

 過去に夢洲の土壌について調べが足りないまま軽率な発信をしてしまったことを反省し、今一度調べてみたが、調べていても余計にわからなくなった。確かなのは、最も夢洲の土壌に詳しいはずの港湾局の見解は一貫しており、

 

  • 他の人工島 (咲洲舞洲)に比べてIR建設予定地が特別に液状化しやすいなわけではなく、適切な対策を行えばIR施設は建設可能である。
  • 液状化対策は本来事業者が行うものであり、過去の例でもそうしてきたので、IRだけを特別扱いすることはできない。
  • 政治的な観点から大阪市液状化対策のための費用を支出することには反対ではないが、その場合はIR実現という政治的な観点を明確にした上で支出する。

 

となっている。資料を順番に見ていくと、夢洲の地盤を問題視しているのはIR推進局と事業者であり、土地管理者である港湾局は、土地に特段の問題があるわけではないので、大阪市が費用を支出するのであればそれは政治的な観点を明らかにしなければ公平性が保てないとしている。

 

双方の見解は真っ向から対立しており、真偽の程は不明であるが、可能性としては、

  • 事業者とIR推進局側が正しく、大阪市夢洲の地盤を改良する必要がある
  • 港湾局側が正しく、夢洲の地盤に対する支出は、事業者が通常支出すべき範囲である

のどちらかであり、また(2)の場合、

(2-a)これまでの通例通り、事業者が費用を負担する

(2-b)政治的な観点から、大阪市が費用を負担する

のいずれかになる。

しかし、(1)の場合、何故そのような土地をIRの候補地に選び、そして調査も工事もせずに放っておいたのかという疑問が残り、(2-b)の場合はこれまで公金をIRには使用しないと嘯いていた維新の会の説明と矛盾する。

 

また、事業者との基本協定に地中障害物の撤去、土壌汚染対策及び液状化対策について、市は実務上合理的な範囲内において最大限協力する、とあり (13条の2)、また契約解除の条件の一つに13条の2 で定める市会による債務負担行為の議決が行われなかったとき、とあるので (19条 (4))、(2-a)の立場を市が取った場合は、契約が解除される可能性がある。

 

いずれにせよ、現時点ではこの問題に対して断定するのは避けた方が良さそうだ。現在夢洲の土壌については調査がなされており、計画を審査する国土交通省大阪市に説明を求めているようなので、その結果を待ちたい。

 

カジノの面積はIR全体の3%未満であり、IRのことをカジノ呼ばわりするのはミスリーディング

→3%未満なのはゲーミング行為区域で、カジノ施設は全体の8.5%と、物販施設 (全体の6.5%)よりも大きい

 そもそもIR全体の3%未満に制限されているのはゲーミング行為区域でありカジノ全体ではない。ゲーミング行為区域は、カジノ施設から次の区域を除いたものである。

 

一チップの交付等又は法第七十三条第十項の規定による交付に係る業務を行うための室(以下「ケージ」という。)

二バウチャー払戻機を設ける部分

三法第六十八条第一項各号に掲げる措置に係る業務を行うための室 (筆者注: ギャンブル依存症防止のためのオフィスなど)

四法第百十一条第一項の苦情の処理に係る業務を行うための室

五顧客のための案内その他これに類する用途に供される部分

六専らカジノ行為区画内関連業務の用に供される部分 (筆者注: カジノで提供される飲食に関わる部分や、歌謡ショーその他の興行をする業務を行う部分)

七通路、階段(その踊場を含む。)、エレベーター、エレベーターホール及びエスカレーターその他の専ら通行の用に供される部分

八便所

九美術品その他これに類する物品の展示の用に供される部分

健康増進法(平成十四年法律第百三号)第三十三条第三項第一号に規定する喫煙専用室及び健康増進法の一部を改正する法律(平成三十年法律第七十八号)附則第三条第一項の規定により読み替えられた健康増進法第三十三条第三項第一号に規定する指定たばこ専用喫煙室(カジノ行為の用に供されるおそれがない室に限る。)

十一前各号に掲げるもののほか、カジノ行為の用に供されるおそれがないものとしてカジノ管理委員会が認める部分

(カジノ管理委員会関係特定複合観光施設区域整備法施行規則第九条)

 

カジノ施設でこれらの区域に該当しない部分といえば、監視施設と実際にゲームが行われている部分くらいである。暫定計画では、この面積を23,115㎡ (全体770,525㎡の2.9999%)と限界ギリギリまで取っており、他の面積を削っても (当初の計画に比べ、ホテルの部屋数と展示場の面積が削減された)、ゲーミング行為区域は削らないという事業者の意志が見て取れる。

 

面積65,166㎡のカジノ施設は、(公表されている世界のカジノ面積が、日本のゲーミング行為区域にあたるのか、それともカジノ施設全体のことを指しているのか不明なものが多いとはいえ)間違いなく世界最大級であり、世界水準のIRを謳う推進派からしたら誇るべきポイントであるはずなのだが、このフレーズを言うのは決まって大阪IRに肯定的な人物なのは不思議である。

 

そもそも、全体に占める大きさと施設の重要度が結びつくのであれば、会議場 (計画延床面積36,875㎡)、展示場 (同31,455㎡)、魅力増進施設計5ヶ所 (同11,150㎡)、夢洲シアター (同13,338㎡)、飲食施設 (同12,478㎡)などは全てカジノ以下の優先順位となり、
重要なのはホテル (3施設合計289,437㎡)と事業者のバックヤード(合計125,866㎡)、駐車場 (合計110,989㎡)となってしまうが、そんな馬鹿な話はないだろう。

 

売上の8割をカジノで上げるという計画ならば、収益の大半を占める施設に注目が集まるのは必然である。このような詭弁を使わずに、堂々と
「世界最大級のカジノで、世界最大級の売上を出します!」
と宣伝すればまだ潔いのだが。

 

 

 IRの審議は今年に入って6回 (1月3回、2月1回、三月2回)行われているが、まだ結果は出ていない。統一地方選が終わるまで、判断を先送りにすることが決定したそうだ。

nordot.app

審議内容は決定まで非公開なので、具体的に国がどの程度計画を精査しているのか、どこを問題視しているのか分からないのが辛いところだ。

個人的には国の判断は地方選関係なくつけてもらい、審議の内容が公開された上でその内容について議論した方が良かったと考えている。残念ながらIRについては問題点を理解していない層が多く 、吉村知事の人気や維新の票固め戦略を相手にIRの是非で戦うのは厳しいのではないだろうか。

IR誘致を地方選の争点にしたことが反対派にとって悪手にならなければ良いのだが。

 

 

 

 

 

 

都構想の住民投票」から2年ではない。「大阪市廃止」の住民投票から2年が経った

はじめに

 2年前のこの日、大阪市では同市の今後に大きく関わる住民投票が行われていた。その名は「大阪市を廃止し特別区を設置することについての投票」である。断じて、大阪都構想などの賛否を問う住民投票ではなかった

ところが、世間一般ではこれが「大阪都構想」への賛否を問うものであるとして報じられ、2年たった現在ではそれが最早事実であったかのようにされている。

この投票で問われている内容を規定した特別区設置協定書にも、その根拠となる「大都市地域における特別区の設置に関する法律 (以下特別区設置法)」にも、「都構想」の文字はただのひとつもないにも関わらず、である。

 

 これは本当に恐ろしいことである。そこで、今回は2年前、本当に問われていたことは何だったのか、振り返っていこうと思う。

 

本当に問われたこと

 この住民投票は、その名の示す通り、公示された特別区設置協定書の内容に基づいて、大阪市を廃止して4つの特別区を代わりに設置するか否かを住民に問うたものであり、それ以上でもそれ以下でもない。それは、根拠となる特別区設置法の条文1からも明らかである。

 

(目的)

第一条 この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに特別区道府県の事務の分担並びに税源の配分及び財政の調整に関する意見の申出に係る措置について定めることにより、地域の実情に応じた大都市制度の特例を設けることを目的とする。

(棒線部筆者)

 

 この法律では、対象となる市町村を廃止した上で、そこに特別区を設置する際の調整の方法を定めた法律である。よって、大阪市を廃止にするという事実はこの投票を語る上で最初に出るべき論点である。

 

ところが、松井市長は当時、あろうことか住民投票の争点の根幹である「大阪市を廃止する」という文言を投票用紙に明記することに反対していた。大阪市の廃止ではなく、大阪市役所の廃止とできないか、と市長は反発していたが2、語るに落ちるとはこのことである。

本当に大阪市廃止と特別区設置にデメリットを上回るメリットがあるのなら、それをアピールすれば良いのに、実際には本質を隠蔽し、市民を欺いて可決へと誘導しようとしていたのである。この姿勢は、特別区設置法の第7条に則していないことは言うまでもない。

 

第七条 前条第三項の規定による通知を受けた関係市町村の選挙管理委員会は、基準日から六十日以内に、特別区の設置について選挙人の投票に付さなければならない。

2 関係市町村の長は、前項の規定による投票に際し、選挙人の理解を促進するよう、特別区設置協定書の内容について分かりやすい説明をしなければならない

 (棒線部筆者)

 

大阪市を廃止する利点

 さて、大阪市を廃止して、特別区制度へと移行するメリットは何か。大阪市3によれば、特別区制度が必要な理由は次の通りである。

 

大阪府大阪市は、大阪の成長・発展に向けてそれぞれが取り組んできましたが、かつては、大阪市域内は大阪市大阪市域外は大阪府という役割分担が固定化し、相乗効果が発揮できず、また、連携も不十分だったため、二重行政が発生するなど、大阪の強みを十分に活かしきれていませんでした。現在は、こうした課題の解決に向け、知事・市長が方針を一致させることにより、大阪の成長・発展に向けた取り組みを連携・協力して実施しており、ともに成長戦略などを進めてきた結果、2025大阪・関西万博の開催が決定し、鉄道・高速道路等の都市インフラの事業化が進むなど、大阪を成長させる流れが生まれてきました。

(中略)

このため、大阪府大阪市では、広域行政の司令塔を大阪府に一本化し、スピード感を持って成長戦略を推進するとともに、住民に近い特別区を設置し、よりきめ細やかな住民サービスを提供する特別区制度(いわゆる「大阪都構想」)の実現に向け、取り組んできました。

 

 この文章が今でも大阪市のホームページに記載されていることに寒気を覚える。

知事・市長が方針を一致させることによって、大阪が成長した、とは書いていないところがポイントである。あくまで「成長させる流れ」が生まれたと言っているので、本当は成長していなくても嘘ではない、ということである。

また、二重行政が具体的に何を指し、どのような弊害が出ていたのかも不明である。

 

 大阪市長大阪府知事の両方が維新の会となった2011年末以降、他の政令都市を持つ道府県と比較して大きな成長を遂げていると言えるのだろうか。

下図は、政令指定都市を持つ15道府県と、東京都、全国についての2011年から2019年の実質GDPの成長率である。
これを見れば、政令指定都市道府県による二重行政による経済的停滞や、大阪の特段の成長は見られない。

 

出典: 県民経済計算(平成23年度 - 令和元年度)(2008SNA、平成27年基準計数)<47都道府県、4政令指定都市分>、2. 県内総生産(生産側、実質:連鎖方式)4

(なお、宮城県は2011年の東日本大震災の影響により2011年-2012年の成長率が高くなっている。2012年から2019年の成長率は8.9%)

所得水準や教育、人口増減率も、他の15道府県の中で特に優れているわけではない。このように、客観的に大阪が所謂「二重行政」の廃止によって成長した事実は見られないにも関わらず、これを正しいものとして、前代未聞の政令指定都市廃止を推し進めるのは、正常な行政であるとは言えないのだろう。

 

 特別区設置による二重行政の削減による財政効果は2015年の一回目の住民投票の時点においてほとんどない (4,000万円程度)ことが示されており5、上記のような大阪が成長するという前提が崩壊しているので、この後いかなる理由を重ねても論理破綻しているのだが、では本当に特別区を設置することによって、よりきめ細やかな住民サービスを提供できるのだろうか。

 

市民サービスは低下せざるを得ない

 市は特別区制度によって、「身近なことは身近で決めることができる仕組みが実現する」と説明していた。
しかし、新たにできる4つの特別区の権限は、政令指定都市である大阪市よりも確実に低下し、さらに予算は大阪府から分配されるので、例え身近な声が届きやすくなったとしても、権限的もしくは財政的な制限により、大阪市よりもかえって実現することが難しくなる可能性もある。

さらに、大阪府、4つの区に加え、新たに全ての特別区に対して共同で一部時事務 (介護保険事業、大阪市立プールの運営等)を行う団体である一部事務組合が新たに創設される。住民からしたら、住民サービスを相談する部署の候補が逆に増えることになるのである。

 

 一方で、新たに出来る4つの区の行政は確実に混乱し疲弊していただろう。なぜなら、区を4つに再編する際に、旧大阪市の職員は、約60%が大阪府と一部事務組合に移管し、残りの約40%が各特別区に配属される。
しかし新たな庁舎の建設は行われず、既にある区の庁舎ATCなどの既に建設済みの建物を改修して使用することになっていた。その結果、新しい天王寺区淀川区は区内の庁舎では必要な人数を収容できないため、試算上合計1,462人が新北区の大阪市本庁舎で当該区の業務に従事するという計画になっていた。

大阪府資料 13 特別区設置に伴うコスト より6

 

 余りにも馬鹿げた話である。住民に密着したサービスを謳いながら、肝心の職員は区内にいないのである

なぜこんなことになったかというと、公明党が提案した特別区設置のイニシャルコストの削減を見掛け上行うためである。

前回の計画では、3つの新庁舎を建設するため、イニシャルコストが合計600億円かかるという試算だったが、2020年案では新庁舎の建設を削ったので、コストが360億円浮いたのである。これを含む自分達の提案が通ったとして、公明党は2015年時と一転して本投票に賛成した7

特別区設置協定書と旧協定書の主な相違点8

 しかし現実的に、そのようなねじれ状態は長くは続けられないだろうから、どちらにせよ新庁舎の建設は必要になるだろう。
しかし、権限のない新天王寺区と新淀川区は新庁舎を建設する財源がないため、建設には財政を一本化した大阪府から支出するしかない。ところが、これは各区が勝手に懇願したという形になるため、特別区設置のイニシャルコストからは除外されるという寸法だ。

こんなものが誤魔化しでしかないが、公明党はこれに太鼓判を押したことを我々は忘れてはならない。

 

 なお、特別区設置によって住民サービスは低下しないと当時推進派は息巻いていたが、これもかなりグレーな物言いである。

何故なら特別区設置協定書の中には、特別区を設置するその瞬間のサービスは低下させないようにとの記載はあるが、設置以降に関しては、その内容や水準を維持するよう努めるものとする、とあるだけである

権限も低下し財源も奪われた特別区が、住民サービスを維持し続けるのは現実的に不可能なので、結局住民サービスが削減されるのは明白である。

 

事務の承継に当たっては、これまで大阪府及び大阪市が蓄積してきた行政のノウハウ及び高度できめ細かな住民サービスの水準を低下させないよう、大阪府及び大阪市は、適正に事務を引き継ぐものとし、専門性や施設を確保し、組織体制を整備する。

 また、特別区の設置の際は、大阪市が実施してきた特色ある住民サービスについては、その内容や水準を維持するものとする。   特別区の設置の日以後は、各特別区及び大阪府においては、各種事務事業のサービス水準及びその内容の必要性及び妥当性について十分な検討を行い、住民サービスの向上に努めることとする。また、大阪市が実施してきた特色ある住民サービスについては、特別区の設置の日以後においても、地域の状況や住民のニーズも踏まえながら、その内容や水準を維持するよう努めるものとする

(特別区設置協定書(P4-5))

 (棒線部筆者)

 

 結局、特別区設置のメリットは明白に存在しない一方で、大規模な行政改革の人的・財的コストは確実にかかるため、大阪市廃止と特別区設置によって大阪が成長するなどいうことはあり得ない。

大阪都構想とは、核となる大阪市廃止のメリットがないことを誤魔化すためのアドバルーンのようなものである大阪市廃止・特別区設置の内容と都構想を混ぜこぜにすることで、本当の計画を偽って宣伝することができる。真偽を追求されても、これは都構想の宣伝であって、大阪市廃止の住民投票とは異なると逃げられる。

だから、あの住民投票大阪都構想住民投票などと呼んではいけない。その時点で既に、維新の会の策略にはまっているのである

 

終わりに

 もしあの日一票でも賛成票が上回っていたら、2025年の1月1日に大阪市は解体される子になっていた。大阪の崩壊は先延ばしにされたが、その後の2021年3月の広域行政一元化条例の強引な可決によって、大阪市は骨抜きにされ、大阪の崩壊は尚も進行中である。

 

しかし昨今の万博関係のグダグダを見ると、本当にあの日特別区の設置が可決されなくて良かったと思う。特別区への移行作業のない現状であっても、2025年4月から10月まで開催予定の万博がまともに開催されるのか、現在の計画を見ると甚だ疑問であるが、開催の直前に前代未聞の行政変更があったら、とても行政が回りそうにない。

 

 最新の計画では、会場となる夢洲への車の乗り入れは原則禁止とし、府内の企業に時差出勤や在宅勤務を求めることを検討する9など、想定来場者数2,820万人 (1日平均15.4万人)を捌くためには相当な皺寄せが出そうで、万博の経済効果がむしろマイナスになる可能性すらある。

そのような場合でも万博推進派は、大阪万博は成功だったと言い続けるだろう。大阪市廃止の住民投票大阪都構想住民投票と言い続けたように。あるいは、開催を強行して、開催後はやって良かったと言い続けた東京オリンピックのように。

最も、想定来場者数2,820万人は予測というより願望に近いので、案外何もしなくても大きな混雑は無いかもしれない。その場合は、入場者人数の想定割れという形で万博の失敗が明白になり、推進派には別の言い訳が必要になるだろう。

 

 いずれの場合でも、大阪万博は大阪の、そして日本の凋落を世界に晒すイベントとなりそうだ。その時にしっかりとした省察ができるように、きちんと事実を記録していきたい。

 

1. 大都市地域における特別区の設置に関する法律

2. 

www.asahi.com

3. 

www.city.osaka.lg.jp

4. 

www.esri.cao.go.jp

5.

www.jichiken.jp

6. 特別区制度(案) 13.特別区設置に伴うコスト

 

7. 

mainichi.jp

8. 特別区設置協定書と旧協定書の主な相違点

9.. 大阪・関西万博 来場者輸送具体方針(アクションプラン)初版

 

IR総括: 日本のIRが抱える根本的問題と大阪独自の問題について

 過去3回に渡って、大阪IRの問題点を、事業者や大阪府市が提示した資料を元に指摘してきた。

swatcher-k.hatenablog.com

swatcher-k.hatenablog.com

swatcher-k.hatenablog.com

 

今回はそれらのまとめとして、どうしてこんな無理な計画になってしまったのかという点について私見を述べる。

 

 

簡単にまとめると、

 

1.国の方針がしっかりと定まっておらず、IRの関連法案がお粗末であること

 

2.大阪府市・維新が夢洲で開業することにこだわったこと

 

3.そもそも、維新と事業者が、本気でIR開業に取り組んでいないこと

 

以上の三重苦により、こうなることは半ば必然であったように思える。それぞれについて詳細に語っていこう。

特に、3番目については、大阪府市と事業者が交わした大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備等基本協定書の内容から読み取れるのだが、この内容が大阪の没落を加速させるものとなっている。

 

1.国の方針がしっかりと定まっておらず、IRの関連法案がお粗末であること

 そもそもの話として、外国人観光客を増やし、インバウンドに期待するという姿勢自体に問題がある。2005年に観光立国推進基本法が施行され、観光立国が国策になってから、特に第二次安倍内閣において、政府は観光に大きく力を注いだ。

2012年には年間1,000万人以下であった訪日外客数は、2019年には年間3,188万人まで増えた

 

最も、この時期に世界全体の国際旅行者数は10億人から14億人へと増加しており、世界的に海外旅行客が増加した波に乗った結果ではあるのだが。

 

さて、インバウンドは、経済成長にとってどれほど重要であろうか。2019年の訪日外国人旅行消費額は約4.8兆円であり、この年の名目GDP (約560兆円)の0.86%に当たる。

訪日外客数が836万人であった2012年では旅行消費額1.8兆円 (名目GDPの0.36%)であったため、確かに観光客の増加によってインバウンドが経済に占める割合は増加しているのが、日本の経済規模に対して、インバウンドが占める割合は遥かに小さい

 

カジノやMICEの議論を進めていく中で、最も参考としたのはシンガポールだが、シンガポールは東京23区ほどの面積しかなく、人口は600万人、名目GDP (2019年)は約41兆円という、同じ資源が乏しい国と言っても、日本とは全く規模の異なる国である。

 

国土が狭く、地方自治体が存在しない都市国家であるため、IRの導入に際して、国を挙げてのインフラ整備が可能であった。そのシンガポールでも、観光業の年間収入はGDP5~6%程度である。もし日本が本当に観光立国になるとしたら、それは観光業が発展したときではなく、日本が落ちるところまで落ちて観光くらいしか産業がなくなったときである。

 

パンデミック前にインバウンドが伸びていたのは、日本の物価上昇が海外の物価上昇に比べて緩やかであり、相対的に外国人旅行者が安く買い物ができていたことが大きい。中国人旅行者による所謂「爆買い」は、まさにこのような状況が生み出したものである。つまり、インバウンドが儲かる条件は、日本の物価が相対的に安いことであり、これは一般的な意味での経済成長 (賃金が伸び、物価も緩やかに上昇する状態)とは相反するものである

 

また、インバウンドは社会情勢の変化に非常に弱いことも無視できない。2022年3月を生きる我々は、パンデミックや戦争を通してインバウンドの脆弱性を学んでいる最中である。この10年で最も増えた旅行者は中国人であり、これまでのインバウンドは、中国人旅行者に依存していると言っても過言ではない。これからもこのような姿勢を取り続けるのが本当に正しいか、今一度考え直す必要があるだろう。

 

 

 日本においては、国で目標を掲げるなどはしたが、基本的に実務については地方自治体に任せている (IR事業についても、国は法律の整備や事業申請の承認を行うだけである)。

では、その法律が、世界から観光客を呼び込むことを念頭において設計にされているかというと、それは非常に疑わしい。

 

具体的な事業の状況を把握せず、推進者やカジノ、IR事業者が提示するデータを鵜呑みにして、「儲かるのであれば」という軽い気持ちで法案を通してしまったとしか思えない

 

例えばラスベガス中でも最も収益の良いストリップは約50のIR施設が密集しており、それぞれの施設が特色のあるエンターテイメントショーを提供している。意外に思われるかもしれないが、ラスベガスストリップの売上の内、ギャンブリングの占める割合は34%に過ぎない。ラスベガスはギャンブルだけではなく、総合的なエンターテイメント都市を数十年かけて形成した。ただカジノがあるだけで儲かっている訳ではないのである (なお、ストリップにあるカジノ全てのGGRを足しても2019年の数字で約7,200億円である)。

 

シンガポールについては先ほど述べた通りであるが、加えてジャンケット業者 (シンガポールでの呼び名はインタナショナルマーケットエージェント)による客の斡旋、資金の回収を行なっている。また、カジノ事業者は外国人観光客にお金を貸し出すことができる。

 (過去記事参照)

 

マカオは、賭博が禁止されている中国本土からの圧倒的な需要と、ジャンケット業者よる賭場の運営により、ラスベガスストリップの約6倍のGGRを約40のカジノで叩き出していた。しかし、ここ数年ジャンケット業者への取り締まりが厳しくなり、パンデミックの影響も相まって、売上はパンデミック前の水準に戻る兆しはない。マカオの売上の90%はカジノであり、マカオの人口は60万人程度であることからも、マカオがギャンブルに特化した都市であることがわかるだろう。

 

一方で日本は、安易にカジノとMICE施設と抱き合わせてIR施設として、「カジノではなくIR」という方便で法案を通してしまった。あくまでカジノはIR施設の一部という建前なので、カジノ施設の他に1~5号施設 (国際会議場、展示場、日本伝統文化・芸術などによる観光の魅力増進施設、送客施設、宿泊施設)を必ず建設し、カジノ行為を行う区画は全体の延床面積の3%以内という制限をつけた。

elaws.e-gov.go.jp

法規制によって、国際会議場や展示施設、送客施設といった、カジノ事業者からすれば不要な建物を建設せざるを得ず、しかしカジノ行為区域を確保するため最低限の大きさにはしなくてはならない。

これにより、初期投資が嵩む。膨張した初期投資を回収するためには、カジノの売上を伸ばすしかない。しかし、地方自治体は、過去に失敗した僻地の再開発を目論むので、アクセスが悪くジャンケットも法律で禁止されているので、外国人による消費は期待できない

ならば日本人から巻き上げるしかないが、ギャンブル依存症への形だけの対策として、日本人からは6,000円の入場料を課し、少しばかりの入場制限を設けたため、日本人がパチンコや雀荘感覚で短時間訪れるシナリオも現実的ではない

 

以上のように八方塞がりである。多くの事業者が、法規制の詳細が明らかになるにつれて次々に撤退していったのも頷ける。立地を考えると神奈川がぎりぎりのラインで、地方都市に開業する時点でまともな事業の成功は望めない 。

 

強調しておきたいのが、ここでいう事業の成功とは、日本や地方自治体にとっての成功は別にして、IR事業者が投資に対するリターンを回収できることである。ギャンブルによる悪影響は、世界的に軽視されており、「責任あるギャンブリング1」の大義名分の元、この40年各国でギャンブルへの規制は緩和され、責任は国から、ギャンブル中毒者という個人へと転嫁されてきた。

あくまで問題はギャンブルにのめり込んでしまう人々なのであって、そのような人に対する (形ばかりの)ケアさえ行なっていれば、事業者は責任を果たしたことになるし、行政も事業者が基準を満たしていれば、後は知らないふりである。

 

近年のギャンブル業界の発展は行政の事業者との癒着と腐敗の成果であり、根本的に無責任で腐敗した政治組織と相性がいい。日本のカジノの進め方は、まさに国と地方自治体、さらに参入する自治体の責任放棄の結果であると言っていい。

しかし、そんな考えで、日本のような規模の経済圏でカジノを含んだIRが成功するはずもない。本当にIRを推進したいのであれば、そもそも国が下手な誤魔化しを行わず、責任を持って法整備を行い、事業の成功に必要なインフラ整備の長期整備計画を実施すべきなのだ。国が地方自治体に、地方自治体が事業者に丸投げすれば、得をするのは事業者と、腐敗した政治家だけである。国益にはなり得ない。

 

 

2.大阪府市・維新が夢洲で開業することにこだわったこと

 1.で述べた問題に、大阪では夢洲が事業地になっていることが大きな問題である。夢洲関西空港から車で40分かかるアクセスの悪さに加え、周辺に何もない、海に浮かぶ人工島なので地震津波、洪水に非常に弱いなど、様々な問題点を持っている。さらに、ゴミの最終処分場として利用されてきたので、地盤は非常に脆く、高層ビルの建設などには全く適していない。このように、IRの名目上の目的を達成するための事業地としてはおおよそ最悪である。

 

*2023年3月29日追記

適切な地盤改良を行えば、少なくともIR事業を行う部分に関しては高層ビルは建てられるようだ。また、夢洲が大阪湾沿いの他の地域と比較して、特別洪水に弱いわけではない。不適切な表現だったので訂正する。

 

松井市長は市会の答弁などでも「民間企業が損益計算をして大丈夫だと言っているので大丈夫」という論調だが、本当に損益計算ができていれば (そして松井市長がずっと言っていたように本当に全て民間で行うなら)、大阪IRに出資する企業などいないだろう。

同じく人口島である関西空港島は、柔らかい沖積層はもちろん、本来沈まないはずの洪積層でも地盤沈下が起きたので、今現在でもジャッキアップシステムにより建物を底上げしている状態である。

 

trafficnews.jp

*2023年3月29日追記

夢洲が同じ様に沈下し続ける可能性はどうやら低いようだ。この記事の最後で指摘した不正確な批判を私も行ってしまった様だ。今読み返すと、計画を国に提出する直前のタイミングで、少し焦っている感が出ている。内容の正確性に今一度気をつけたい。

 

夢洲においても、建設時の土壌改良が勿論必要であるし、開業後も沈下し続ける可能性は否定できない。これに加えて、最初に述べた国の法律の問題もある。(事業者にとっては)お荷物のMICE施設や魅力増進施設、送客施設 (送客施設については、MGM・オリックスの事業計画の中ですら、収益が出ることを計画していない)を抱えたまま、投資するにはリスクとリターンが見合わないだろう。

 

3.そもそも、維新と事業者が、本気でIR開業に取り組んでいないこと

 当初、IRの開業目標は2025年、万博と同時の予定だった。この方針は2020年3月27日に、新型コロナウイルスの影響という名目で断念されたが、そもそも無理があったことは明らかだろう。万博と同時開業するためには、万博の工事と、IRの工事を同時に進めなければならない。

 

本当に2025年の万博と同時に開業したかったのならば、夢洲の土壌を候補地決定とともに行い、大阪市の事業として、責任を持って土壌整備を始めた上で事業者を募集するべきだっただろう。それが出来ないのであれば、土壌整備を含めた条件を明示した上で事業者を募集し、事業者が現れなければスッパリと諦めるべきである。

 

ところが実際に維新が行なってきたことを振り返ると、夢洲の土壌は碌な調査もせずに問題がないと言い張り、まともな事業者だったら手を挙げられない条件を掲げて事業者に丸投げした。案の定事業者は次々と撤退し、残ったMGM・オリックス大阪府市が交わした基本協定は、府市が事業者の言いなりになることを決めていると行っていい内容である

 

(全文はここから読むことができる)

yumeshima.blog.jp

 

詳細はリンク先を見てもらいたいが、最大の問題は、普通は地方自治体が負担することのない液状化対策費用や地盤沈下対策に市が公金を投入する上に、その費用を公共事業として府市が発注するのではなく、事業者が必要という金額を市が負担し、事業者が土壌改良を行うことである。

さらに、国のカジノ管理委員会のルールにより国際競争力が保てない場合や、市が事業者と協力して適切な措置を講じなかったりした場合、事業者は契約を解除することができる

 

こんな契約を他の企業にもしてしまうとしたら、大阪府市は民間企業からは絶好のカモに見えるだろう。そうでなければ、これは事業者への利益供与と思われても仕方がない。

 

ここまでの経緯を見ると、もはや最初からオリックスとMGM、さらに関西のゼネコンに金を流すために計画されていたとも思えてくる。ここまで事業者に有利な契約だと、20社の少数株主がいながら、売上や経済波及効果の試算がいい加減なことに対して誰も声を上げないことにも納得できる。

そもそも事業自体が目的ではなく、開業準備の段階で大阪市からジャブジャブと金が入ってくるのであれば、試算は現実的ではない過大な数字を出しておいて試算の詳細を見ない人を騙せればそれでいいのである。

 

維新がIRに本気でないと感じる要因は、夢洲の土地を頑なに事業者に売らないことである。大阪府市にとっては、土地を賃貸するのではなく、事業者に売却してしまった方が負担を減らすことができる。そもそも、売却ではなく長期定借とした理由は、長期定借の方がプラスであると試算されたからである。

(売却の場合は290億円の収入、長期定借では年間約25億円の収入である。)

 

 

ところが、既に大阪市の会計から地中障害物撤去費、土壌汚染対策費、液状化対策費に、港営会計から790億円を支出することが、基本協定からほぼ確定している。これに加えて地盤沈下対策費も、ほぼ間違いなく支出されるだろう。

 

なお、松井市長はIRに税金は投入しないと言い続け、大阪市からの支出がほぼ確定した現在においても、「市の特別会計から支出するので税金を使うわけではない」と言っているが、これは非常に程度の低い詭弁としか言いようがない。港営会計の資金が不足すれば、一般会計から補填することになることはIR推進局も認めているし、大阪市港湾局の試算によると、仮に地盤沈下の費用を全額事業者が持ったとしても、2055年までは港営会計の収支がマイナスになると試算している。さらに地盤沈下対策に400 億円を負担するとすると、収支がプラスになるのは2066年になると試算されている。

 

そうなると、土地を売却して整備を事業者に任せた方が大阪府市として合理的であるし、オリックス「仮置きした数字」や、MGMによる「その約倍の数値」が本当に実現可能であるならば、事業者も例え初期投資が嵩むとしても十分に採算が取れるはずである。当初は土地の改良費は全て事業者負担とされていたのだから、この話に乗っている時点で事業者はそれを覚悟の上で参入していないとおかしいのである。

 

維新の目標が本当にIR (カジノ)の開業なのであれば、わざわざ夢洲で行う必要がない夢洲を本気で開発したいのであれば、これまでの事業者が全てやるという態度は余りにも他力本願である。本気でIRを推進した結果がこれだというのならば、事業者への利益供与が目的であった時以上にタチが悪い。どちらにしても、こんな集団がトップに君臨するのが大阪である。この絶望的な状況に何ができるのだろうか。

 

終わりに・反対派も根拠に即した反論を

 筆者がIR、カジノについて資料を収集し始めたのは2021年の12月からであり、まだ4ヶ月ほどしか経っていない。一方で、大阪でカジノの議論が始まってからは、少なくとも5年以上の時間があった (2016年12月には、大阪市によるシンガポールへの視察が行われている)。

 

 

ところが、大阪市会の質疑やIR推進局の答弁を見ても、推進派、懐疑・反対派のいずれの関係者の知識が足りないように見える。この後に及んでマカオシンガポールなど、制度も規模も違う国や地域と直接比較をしたりするし、カジノ業社の年次報告を見比べることもしていないようだ。せっかくオリックスとMGMを市会に参考人として呼んだのであれば、MGMのアメリカでの業績を引き合いに質問するくらいのことはしてほしかった。

 

2019年に、MGMはラスベガスを除くアメリカで8つのカジノを運営していた。その8つのカジノのGGRの合計は約3,800億円である。さらに、非カジノ部門の営業利益は約1,100億円であった。収益の比率はカジノとそれ以外でおよそ7:3であり、夢洲での予定に近い。

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MGMが経営するラスベガスを除くアメリカのカジノの構成・分布・売上 (2019年、MGM anual reprot 2019より作成)

しかし、夢洲と比べて、8つのカジノの合計はホテル部屋数で2.5倍、スロット数で3倍、テーブル数で1.5倍の規模であり、どう考えても夢洲の1ヶ所だけでMGMがGGR4,933億円、非カジノ部門売上1,000億円を達成するのは不可能であることがわかるだろう。

 

マカオのカジノの営業においては、マカオ古参のSJMとの共同運営であり、ジャンケットの影響も大きく、MGM単独の力とは言えない。ラスベガスについても、前述の通りカジノだけに頼らない収益方法が都市を挙げて確立されているので、MGM一社の参考にはならない。すると、上記の数字がMGMの実力に近いものであり、夢洲での収益計画は、MGMがかつて達成したことのない数値である。この点を強調すれば、漠然と売上に疑義を唱えるよりもよほど効果的であろう。

 

日本のIRの問題は、元々国が十分な議論も方針もないままに地方自治体に丸投げしたことに起因している。なので、そもそものギャンブルの公共性や、インバウンドの是非を大阪府市に問うたところで、「我々は国の方針を進めているだけ」と躱されてしまう。大阪府市や維新の責任は、事業規模の大きさに比べて、全くリサーチが不足しており、その状態で無理矢理計画を進めているところにある。

それを意図していたかは別にして、今事業者の言いなりなってしまっているのは、ひとえに事前の準備が足りていないからである。ところが、大阪府市や維新はその責任を取ろうともせず開き直っている。

 

責任を感じない人間や組織はある意味無敵である。反対派は、自分達がそんな相手を相手にしていることをしっかりと把握しないとならない。元々権力側でない側は不利な立場にいる。相手は常日頃デマを振り撒いているのに、反対派が少しでも不正確な情報を流すと、すぐに相手につけ込まれてしまう。

 

例えば、淀川左岸線の第二期工事の費用が1,000億円増額になったと報道があったが、これをそのまま万博やIRと絡めて批判するのは正しくない。

 

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夢洲は現在コンテナ集積所として活用されており、関西の物流拠点となっている。その拠点を強化するためのインフラ整備は、万博やIRに限らず必要なものである。そして、延伸の方針自体は1996年3月の自民党時代に決定したことである。

しかし、維新時代の大阪市に責任がないわけではない。都市計画は2016年に変更になっており、その時の費用計算が甘かったことは紛れもない事実である。さらに元々は2026年度末に開通予定だった計画を2025年に前倒しになったのは、万博に間に合わせるためであり、これは会場を夢洲に選定した維新の責任である。

 

このように、批判をするときにはただ悪いと言うのではなく、しっかりと根拠を提示して、おかしな点を一つ一つ指摘していく必要がある。

 

相手側は次々と不正確な情報を垂れ流していくので、それを一つ一つ検証するのは骨が折れる。そして、どんなに滅茶苦茶なことを言われても、感情的になってはいけない。

 

本当に辛い道であるが、一発逆転を狙うようでは、維新と同じになってしまう。しっかりと現実を見て、一つ一つ対処していくしか、現実を好転させる方法はないのである。

 

大阪府議会では既に整備計画が賛成多数で可決されてしまった。大阪市議会でも、3月末に議決されてしまうだろう。国がこの滅茶苦茶な計画を承認するのか、まだ明らかではないが、承認してしまう可能性の方が高いだろう。

我々ができることは、しっかりと情報を把握し、問題点を浮き彫りにさせることだけである。

 

とにかくIRに関しては、国でも自治体でも、議論が足りていないように思える。本当にIRを推進したいのであれば、国に制度の見直しを求めた方が良く、国も今一度方針を見直すべきである。日本の責任回避の縮図であるIRがどうなるか、今後も注視していきたいと思う。

 

 

参考文献: ギャンブリング害~貪欲な業界と政治の欺瞞 キャシディ レベッカ (著), 甲斐 理恵子 (翻訳) (2021年)