大阪IRを万博以前に開業することはできたのか?

課題山積の上での認可

 少し前の話だが、大阪IRが国に認可された。開業時期は予定よりもさらに遅延し、2030年秋となった。広く報道されている通り、実施協定には事業者へと土地が正式に引き渡されるまで最大3年間、事業者の判断で契約を解除できる解除権が加えられた。

事業地の土壌汚染対策費、地中障害物除去費、液状化対策費は大阪市が負担することは既に述べたが、事業者が契約を解除した場合は、それまでに事業者が費やしたこれらの費用を大阪市は補填しないとされている。

案の段階では、撤退時までに事業者が使った費用も大阪市が負担する可能性もあっただけに、この点についてだけは良かったと言える。

(但し、その場合地下鉄延伸費用は支払われないので、202.5億円分の実質負担増となる)

 

 認可に際して区域整備計画も一部変更されたが、そのほとんどが開業時期のずれや、主たる事業者であるMGMとオリックスの負担増 (各社2,120億円の支出から各社3,060億円増額)によるもので、開業3期目の売上や来場者予測に変更は全くと言っていいほどない。

不思議なのが、売上は全く変わらないにも関わらず、開業3期目の純利益の予測が750億円から 850億円へと増大したとことである。また、合わせて、大阪市への税収の見込みが20億円増額となり、90億円となっていた。しかし、大阪府への税収は50億円で変わっていない。

出資比率が増えたとはいえ、借入額が減った訳ではないので、売上を変えずに純利益を増やすためには、費用を減らすしかない。区域整備計画案を策定した2021年末から計画を改定した2023年9月までに、費用が増大する要素は数多く表面化したが、費用が減るような要素は見受けられない。それどころか、大阪市への納税額は増えており、この点で費用は増えている。

元からこの事業計画の数字には様々な疑義があることはこのブログで何度も述べたが、今回の純利益の上方修正も、投資額の増大を回収するためには純利益の増大が必要という、机上の数字を合わせるための改定に思えてならない。

 

なぜ、ここまで計画が遅れるのか

 さて、一方で開業が遅れた理由について、政府が政局の為に意図的に認可を遅らせたことが原因であると批判する声もある。確かに統一地方選が終わるまで審査結果を開示しないという発表はあったが、その影響は最大でも1ヶ月程度であり、残りは提出した区域整備計画に疑義があった為である。そして、本来は認可から3ヶ月以内に実施計画を締結する予定だったのに、それが伸びたのは、大阪市大阪府と事業者の調整が難航したからというのが大きいだろう。

 

これで大阪IRの開業予定の延期は3度目となった。しかし、その内のほとんどが、元々無理な目標を掲げていたことに起因すると思われる。

 

ここからは、IRの一番初めの計画、万博前のIRの開業が成功する可能性について考えてみたい。

 

IRを2024年中に開業することは可能だったのか

 元々、大阪IRの開業時期は2024年と計画されていた。万博が2025年に決まり、それより前の2024年にIR開業という計画を打ち出したのは2018年11月のことである。結果的にCovid-19を理由として、この計画は2020年の3月末に撤回され、2027年までの開業を目指したが、それも2021年2月に白紙となった。2022年に国に提出された区域整備計画では、当初の要求水準を大幅に下げた部分開業を認め、それでもなお2029年度末 (つまり2030年の初頭)まで開業が遅れるという計画になった。そして今回、開業時期の更なる延期 (2030年秋)が明記された実施協定が締結された。

 

最初と次の延期はCovid-19のため、そして今回の延期は日本政府の審査が長引いた為と言われており、そしてロシア・ウクライナ戦争も影響していると言われている。

 

Covid-19やロシア・ウクライナ戦争。これらは、計画を打ち出した段階で予想できたことではない。しかしながら、その時には既に働き方改革法は国会を通過していたので、2024年4月以降の建築業が当時のペースで進まなくなることは分かっていた。そして、万博の終了まで、大きな外部要因が何も起きないと考えるのは楽観的すぎるだろう。万博開催日という締め切りは大阪どころか日本政府だけの判断で動かせない以上、計画は保守的であるべきで、ある程度のバッファを持たせておくのが当然であろう。

 

では、仮にパンデミックも戦争も起きず、ドバイ万博の延期もなく、大きな円安も円高もなく、そしてIRの認可がスムーズに進んだとしたら、万博を計画通りに整備しつつ、2024年にIRを開業することができたのだろうか。

 

必要なステップとしては、

  1. 事業者の公募
  2. 大阪府大阪市による事業者の決定
  3. 区域整備計画の策定
  4. 住民説明会とパブリックコメントの取得と回答
  5. 大阪府議会と大阪市議会による区域整備計画の承認
  6. 国への区域整備計画の提出と審査・認定
  7. IR建設工事・開業準備

となる。では、ステップごとに見ていこう。

1. 事業者の公募

 まず、大阪市大阪市によるIRの事業者公募の締め切りは2020年2月14日であった。現実にはこの時点で既にMGM・オリックス以外の事業者は撤退したのだが、仮に競争がこの時点でも存在し、その中から事業者を選定できたとする。当たり前だが、事業者が参加するかの計画を立てるまでに、1年以上の時間がかかるのは当たり前である。

2. 大阪府大阪市による事業者の決定

 大阪市大阪府による事業者審査は、競合すればするほど時間がかかるはずである。現実では一社だけになった後、事業者の正式決定は2021年の9月であった。

ここでは超高速で審査を完了し、2020年5月末に決定したと仮定する。(現実には日本政府からの基本方針の発表が春から12月に伸びたが、ここでは延期がなく、事業者決定と同時に発表されたと仮定する)。

3. 区域整備計画の策定

 そして区域整備計画案を作成するのにも3ヶ月はかかるだろう。現実にも、計画案を公表するのに事業者選定から3ヶ月を要している。既にこの段階で、2020年8月になっている。

4. 説明会とパブリックコメントの取得と回答

 その後、計画を公表し、住民へのパブリックコメントの募集や説明会を行う。どんなに形ばかりのものであろうが、建前上行わないわけにはいかない。この工程に3ヶ月はかかる (現実でも2ヶ月半程度で強行した)。

5. 大阪府議会と大阪市議会による区域整備計画の承認

 上記より、区域整備計画が大阪府議会と大阪市議会の両方を通過するのは、どんなに早くても2020年末である。区域整備計画案が公表されてから内容について審議する時間はほとんどないと言ってよく、強行採決は避けられない。

6. 国への区域整備計画の提出と審査・認定

 丁度12月末までが国への申請期間だったと仮定し、計画を提出できたとする。

国の審査が3ヶ月で終わったとしても、計画の承認は2021年の3月で、既にIR開業のタイムリミットまで3年9ヶ月である。そして現実ではここから実施協定提出までに半年かかったが、認定後速やかに実施協定を国に提出、認可されるものとする。

7. IR建設工事・開業準備

 そして、「IRに公金は一円も使わない」という当初の計画通り進むのであれば、ここから事業者がIR施設のための地盤改良工事を発注する

なお、この時点では此花大橋や夢舞大橋の6車線化すらできていないが (此花大橋の6車線化が現実に終わったのは2022年10月)、それでも滞りなく工事が進むと仮定する。夢洲上下水道・電気・ガスといったインフラは現時点でも整備が終わっていないが、これもきっと業者が殺到してなんとかしてくれるのだろう。

そして当初の計画通りであれば、2023年の4月からパビリオンの建設が始まる予定だったので、この時期から万博の建設とバッティングするが、それも乗り越えて、遅くとも2024年夏には建設を終えないとならない
(なお、当初の計画通りならば、総延床面積は現在の計画よりも30%ほど広く、展示場は現行案の5倍の10万㎡のものを、ホテルも500室多い3,000室で作る必要がある)。

その間にIR各施設のために1万5千人規模の雇用を実現し、訓練をして、内装を終え、晴れて2024年までの開業が実現するわけである。

 

どうだろうか。まるで世界が大阪IRを中心に回っているのかと思えるほど都合の良い仮定をいくつも重ねて、それでもなお2024年中の開業は間に合わないと思えるほどに、この構想は破綻している。

 

ただでさえ認可が降りてからタイムリミットまで3年9ヶ月。その時点で夢洲は、必要な杭打ちも、液状化対策もされておらず、その他インフラも非常に脆弱である。

そんな場所に4年足らずで世界最大のIRを作れと言われても、事業者は首を横に振ることしかできないだろう。この日程で事業を進められる事業者がいたとは思えない。

 

結局このIR→万博という構想は、「万博とIRをほぼ同時に行えば、インパクトもあるし金も入って来やすいのでは?」という思いつきから大した事前調査もしないまま打ち上げてしまったようにしか見えない。

 

待っているだけでは未開の地は整備できない

 私が夢洲開発について本当に不思議でならないのが、維新の首長が、政治判断として公金の支出を、「万博開催のため」、「地盤改良は土地所有者 (大阪市)としての責任」、「民間が投資するので公金は使わない」といった理由をつけて頑なに避けていることである。

 

例えば下は、2021年6月、IR用地の液状化対策について、当時の松井市長と港湾局のやりとりの一部である。

市長

液状化が生じる土地で、事業者が建設したい施設を建てられない、延床面積を増やせないなら、そもそも土地の賃貸借契約が成り立たない。大阪市としてIR誘致を決定した以上、その施設が成り立つ土地を提供することが市の責務である。賃料をもらう以上、土地所有者の責任として、IR施設を建設できる土地を用意する必要がある。市が液状化対策費用を負担しないなら、賃貸価格を下げる必要がある。そのどちらかだ。

港湾局

土地所有者の”責任”として液状化対策費用を負担することはできない。夢洲ですでに売却した物流用地との公平性を保てず住民訴訟で敗訴するリスクがある。また、今後の市内の土地売却の際にも液状化対策の負担を求められる恐れがある。あくまで土地所有者の”責任”ではなく、”政策判断”として液状化対策費用を負担すると整理する必要がある。

drive.google.com

 

 

 

最終的には大阪市が「土地管理者の責任」として公金を支出することに決まったが、港湾局が最後まで抵抗した点は、支出自体ではなく、その支出を「土地管理者の責任」として行うことだった。これまでは液状化対策費は事業者の負担というのが通常であり、IRだけを特別扱いするのであれば、それは政治的な判断以外の何者でもない

 

 夢洲2区 (IR用地)の元々の役割は建設残土などの最終処分であり、埋め立て後の土地の利用はあくまで2次的なものである。そんな無人島を開発しようとしたら、巨額の投資は避けられない

万博は国家事業であるのは間違いないし、IRも国の方針であるが、I R推進局の前身である大阪府市IR立地準備会議が始まった (夢洲が会場候補になった)時から、大阪府知事としてトップに立っていたのは松井前市長であり、特に万博の会場選定は、ほぼ松井前市長の政治的判断で夢洲に決定した。ならば、「夢洲を国際観光拠点とするため、公金を投入し、それが実現できるように整備を行う。その責任は自分が負う」と何故言えなかったのだろうか。

 

 政治的な公金支出判断は、普段自分達が標榜している「身を切る改革」や、大阪自民党時代を揶揄した「負の遺産」という標語に反するのと、当初は複数のIR事業者を競わせており、大阪側に優位があったので、それでも成り立つと考えたのだろうか。

世界中に投資先は溢れている。募集だけかけたら、民間事業者が喜んでやってもらえるような世界ではない。リターンの見通しが立たなければ動けない民間ではできないことがあるから公共事業は必要なのである。それを避け続けた結果、大阪市はこれまでの解釈を捻じ曲げて、「土地管理者の責任」として公金を支出する羽目になった。

 

万博やIRといったキャッチーな事業は、しばしば花火や祭りに例えられる。しかし、どんな花火大会や祭りを開くにも、それなりの準備が必要となる。まして、それがこれまで未整備の土地で行うならなおさらである。東京オリンピックは催事資本主義であると批判されたが、もはや日本は祭りすら取り繕うことができなくなっているのではないか。そんな気がしてならない。

 

民間事業者が儲かるから大丈夫、とはとても思えない

 MGMはアメリカ国内、特にラスベガスではNo1のカジノ事業者であるが、現在アメリカ以外でカジノ営業をしている国はマカオしかなく、それもマカオとしては後発で、しかも現地のSJMからサブライセンスを付与されるという形でスタートした。

パートナーシップを結んでカジノ従業員を訓練していたベトナムからは、ベトナム国民がカジノに入れないという法律に反発して開業予定の直前 (2013年3月)で離脱したし、オーストラリアのカジノを1995年に買収したが、9年ほどで手放している。

(なお、ベトナム国民のカジノへの入場は2017年に制限付きで解除されている)。

このように、MGMが今まで他のカジノ事業者の手を借りずにアメリカ以外でカジノ運営を始めたことはない。大阪への進出は、MGMにとって外国に一からカジノ事業を導入する初めての試みとなる。MGMの日本法人は、そんな一大事業を行うに足る事前調査を行っているのか、前から疑問だった。

 

しかし、その能力への疑問を強めざるを得ない事件が起こった。MGM・オリックスコンソーシアムが作った大阪IRの動画とパース図にて、著作権違反があり、使用許可を取らずに著作を無断使用したどころか、奈良美智氏の作品については、一度断られたのにも関わらず使用し、さらに大阪市の問い合わせに対して、確認もせずに使用許諾が取れていると虚偽の回答をしたということがわかっている。

https://www.mgmresorts.co.jp/news/1129/

 

筆者もMGMは世界的大企業であると考えていたので、ここまで明確かつ杜撰な違反を起こすとは思っていなかった。

投資額が増額しても、開業が遅れても計画を進めている点は意欲的だが、大阪IRの基本協定には解除権を盛り込み、売上予測は (少なくとも公表している数字上は)杜撰で、イメージパースの作成は著作権違反を犯しても修正せずに適当に出してくる。本気度のイマイチわからない事業者と、調整能力に欠ける行政の組み合わせが何を生むか、心配になるのは余計なお世話なのだろうか。